マーケットの波乱をどう見る
第224回今回はやはり、最近のマーケットの波乱について書かざるを得ないだろう。東京の株も高値から大きく反落したが、ニューヨークの各種株価指標もこの文章を書いている時点で高値から20%の下落となり、一般に「調整局面」と呼ばれるフェーズに入った。
米国株のVIX指数(予想変動率指数)は危険水域と呼ばれる20の大台に乗っていることが多くなって、それまでの米長期金利高は一変して執筆時点は3.064%と、むしろ3%を割りそうな雰囲気だ。
それ故にドル円相場は一時の114円台から反落。一方、原油相場はトランプ米大統領がサウジの今の支配体制に恩を売る形でジャーナリスト暗殺問題を問題視しない意向を示している関係もあって、大きく下がる局面も見られた。つまり多くのマーケットで今までのトレンドが逆転している。
相対立する見方
株式市場の最近の動きについては、「長い上げ局面が続いた後の、当然あってしかるべき調整」と見て平然とチャンスを探している人がいれば、「もっと下げる前兆ではないか」と心配する人もいる。そもそもマーケットに関しては「これから上がる、だから買いたい」という人と、「いや下がる、今は売り時だ」という二派と、加えて「今は動かない」という人々がいるからこそ、相場が出合う仕組みだ。それに「(売り買いを)せねばならない人」、つまり実需が加わる。
マーケットの心理状態は「不安でいっぱい」になって当然な状況だ。
- 1.今は長い上げ相場のエンドの部分に当たるのではないかとの漠然たる不安
- 2.世界でGDP1位と2位の国(米中)が繰り広げる貿易戦争と、そのトップの会談を目前に控える(11月末)という特殊事情
- 3.特に米国で長く続いた「超低金利の時代」が終わり、その相対的金利高が世界にも広がるかもしれないという予感
- 4.世界の政治が明らかに戦後長く見られた風景から様変わりし、米国の大統領は「従来の大統領」ではなくなった
- 5.欧州でも英国やドイツ、それにフランスでも政局が不安定。その一方で新たな覇権国家として明らかに異質な国、中国が急速に台頭
不安台頭はごく自然だ。現在の下げを先導しているのは、つい最近までマーケットの上げを駆動したハイテク株だ。FAANG(フェイスブック、アマゾン、アップル、ネットフリックス、グーグル)とかGAFAと呼ばれる。ほぼそろって年初来の上げ分を全部はき出した。先導者の面影は今はない。そこには「今までが上げすぎだった」という見方もあれば、「これから続く長い調整局面の始まり」との見方もある。
形を変えて歴史は繰り返す?
ここで歴史を振り返る。その種の本によると19から20への世紀替わりの頃、株価が跳ね上がったセクター(業種)があった。それは交通関連株。鉄道が世界に普及し、そして自動車が急速に移動手段として台頭した時期。今では誰もがそれをインフラの重要な構成要素だと思う。生活の基盤だ。しかし当時の新たな交通手段の台頭は、それこそ目新しいもので、今でいう「ハイテク」そのものだった。
それから100年。20世紀末から21世紀にかけて盛り上がったセクターはその時のハイテクである「IT」だ。後々ITバブルと呼ばれることになる爆騰時期があり、それから十数年して最近数年間はFAANGなどのIT大手企業(その全部が米国)の株が大躍進した。その上で今の株価がある。検索、SNS、スマホ、クラウド、物販ネットワーク……それらは全てもの珍しかった。
100年前の“先輩”セクターはその後どうなったか。目新しさは長続きしない。存在の重要性は増すのだが、いずれは人々にとって「そこにあって当然」なものとなる。人々はしばしばそれをインフラと呼ぶ。毎日そこを新幹線が通っていても目新しいと驚く人はいない。実は全ての台頭した産業がそのプロセスを経る。交通関連株はその後すこぶる落ち着いた。注目を集めたのも歴史の単位で見ればそれほど長くはなかった。目新しさのない普通のインフラとなったからだ。
ITはどうか。我が家には私の分だけでiPhoneが5台ある。SIMが入っているのは3台で、残る2台は家でWiFiにつなぐ。歴代の機種を使ってきて実感するのは「驚きが少なくなった」ということだ。確かに顔認証ができるようになり、カメラが高性能になり、アップル製品同士のつながりは抜群になった。従来できなかったことが簡単にできるようになった。しかしワクワクはしないし、大きな驚きもない。
業界ではなく、企業を見よう
つまり身の回りのハイテク(と、呼ばれていた)製品のいくつかは、「私にとっての見慣れたインフラ」になった。何をするにも多機能なスマホは、現代の生活になくてはならない。しかし特に驚き、ワクワクするものではない。そう考えれば、アップルの株価が調整しても当然だなと思う。
ハイテクにもいろいろな分野がある。民生用、クラウドなど基幹部分、そして「つながる」(connected)と表現される様々なコネクト技術や製品だ。一言で「ITインフラ」という単語で表現されるが、それぞれが異なる可能性を持つ。
鉄道や自動車は、インフラと呼ばれるに従って株価は落ち着きどころを見つけた。その後は、そのセクターで新たな技術的、社会心理的な発展があったときに「個々の企業」(ここが重要だ)が注目を浴びる。面白い注目のされ方もある。例えば、鉄道会社は通常、土地持ちだ。なので、不動産価格が上がっているときには「土地持ちセクター」として注目された。
ハイテク株はどうか。多分同じ道をたどる。重要な社会的インフラとなったのだから、セクター全体として目新しさは減ってくる。「常にそこにあるインフラ」「変化がなくなったインフラ」への関心をずっと保てるほどマーケットは我慢強くない。マーケットは先を読むのが常だから、今までプラスの材料に反応していても、すぐにマイナスの材料を探して、「このセクターの発展はもう終局か?」と考える。株価が高い水準にあることを心配する“高所恐怖症”があるときはなおさらだ。
重要なのは、その存在感のあまりの大きさ故に今、IT産業には逆風が吹いているということだ。様々な面から検証され、監視され、世の批判・非難を集めやすい存在になった。データの好ましくない漏洩、そして技術革新の行き詰まり。製品群に漂うデジャブ感。そして時にわき出るIT企業への嫌悪感。
3年前に当時最新のMacBookを買ったときのアップル販売員の台詞(せりふ)は、「究極のMacです」だった。じゃ、その後の製品はどうなんだと思って、最近はMacBookが新たに売り出されても見に行かない。
新たに注目されるには、その存在が人々から「見直される」ことが必要だ。技術革新的ブレークスルーが必要だし、人々に改めて愛される製品もそうだ。それが何か今は見えない部分もある。しかし各企業はそれに向けて懸命に努力している。セクターは様々な企業が構成する。セクターではなく、個々の企業を見ることが必要な時期かもしれない。