1. 金融そもそも講座

第222回 売れるものは何か……体験でしょ

米国の話が続いたので、今回はちょっと目先を変えて「小売り」に関して取り上げたい。浮かんだのは「体験こそウリになるのではないか」という発想だ。

―― 米中貿易摩擦の長期化予想、サウジアラビア人ジャーナリストの殺害を巡る中東情勢の不安定化、それにベースとしての米国の金利上昇などもあって株式市場は世界的に調整局面入りしているが、その問題は次回以降に。

実は最近、開場した豊洲市場と改装された日本橋高島屋を訪れた。そこでは「今後、企業は何を売るべきか」「株式市場では銘柄の判断材料として何を見るべきか」という点を、一投資家として考えさせられた。それほど、この2つの施設はとっても対照的だったのだ。

若者の「住みたい街」で常に先頭を走ってきた吉祥寺の物品販売額が落ちてきている、という記事も最近あった。小売りの現場は常に動いていて、それを見ている人に常に思考を強いる。

ダメだめ市場

まず豊洲の市場。大きくは3棟ある。水産卸売場棟、水産仲卸売場棟、そして青果棟。見学者のために作った施設でないことは承知の上で言うと、それぞれとっても離れていて回るのにすごい時間がかかる。卸棟と仲卸棟は平行にあって距離は近い。多分、業者の方々は道路の下をターレーで行ったり来たりで移動も速いと思う。しかし我々一般人は、それぞれの棟を見学するにはコの字形に長い距離を歩かなければならない。

築地の場内にあった食べ物屋さんや、その他の物品販売店は大部分が市場と一緒に豊洲に移った。しかし何と不親切なことか、「どの店がどこに入っているか」の表示は、筆者が見た限りではなかった。寿司関連の店でも卸棟にあったり、仲卸棟にあったりする。例えば「中栄」でカレーを食べて、その後「茂助だんご」(都内の数多くのスーパーでも販売されている)を食べようとしたら、多分150メートル程歩かないといけない。

何よりもガッカリしたのは一般人向けの駐車場がないことだ。もっとも築地にもなかったので、使えるのは近くの一般駐車場という論法は分かる。しかし築地と違って豊洲は都心から遠く、しかも公共交通機関の便が良くない。一方で土地は余っている。一般客向けの駐車場の有無は、築地からその地位を奪って将来は人が集う日本一の市場を目指す豊洲には、とっても残念なことだと思った。結局、市場から歩いて10分くらいの東雲に近いところに駐車場を見つけたが、まだ砂利敷きの駐車場。2年も開場が遅れた割には「何も整備ができていない」と思った。雨が降っていたこともあって結構大変だった。

それでも開場したばかりとあって、大勢の日本人、外国人が施設内の商業施設を訪れていた。しかしこれらの人々が2度3度と「体験」を求めて来るだろうか。当初予定されていた温泉施設はまだないし、レストラン街を除けばゆっくりできる場所もない。見学者コースも全部回ったが、一番の問題は、一般見学者が建物内に入れるのは市場がピークを終えた午前9時以降、ということだ。ピークのにぎわいが見られない。そもそも上階の窓から見ることができるのは市場のごく一部。築地ではできた間近でのマグロの競り見学は、夢のまた夢だ。

日本橋高島屋は面白い

対して先日改装開店となった日本橋高島屋は、筆者が最近では最も感動した商業施設だ。今回の改装で本館・ウオッチメゾン・東館に新館を加えた4館体制となった。新しい名前は「日本橋高島屋 S.C.」。S.C.(ショッピング・センター)という呼び名が古色蒼然(こしょくそうぜん)としているが、中身はなかなか新しい。

まず新館の作りが面白い。通路に非常に大きなスペースを割いている。ゆったりとした配置。各フロアをゆっくり歩いてみたい、という気がする。お店も多彩だ。筆者が強い関心を持ったのは、新館6階にある「加藤の肉丸 小川のうに丸」という、肉とうにがコラボしたお店だ。それぞれ独立の店だが、その組み合わせには驚いた。店には2人のその分野の巨匠(?)の顔写真が貼り出されている。発想が面白い。

他にも今まで東京のデパートではお目にかかれなかった地方の名店が比較的数多く出店している。それらの地方の名店に入ることは、東京の顧客にとっては「体験」となる。いくつもの体験ができるような作りになっている。建物に入る際に、受付の女性に「今回のコンセプトは何ですか?」と聞いた。そしたら、「ビジネス・パーソンが朝から夜まで快適な時間を過ごせるように…」とスラスラと答えてくれた。何度も来るためには、飽きないことが重要だ。

面白かったのは東館の5階の「ポケモンセンタートウキョウDX ポケモンカフェ」。この連載でも取り上げたことがあるが、ポケモンGOは大人にも人気のバーチャルゲーム。訪れたのが日曜日だったせいか、大人に加えてあれほど大勢の子供が親を引っ張って目を輝かせているのを、日本のデパートでは初めて見た。

“体験”を売る

デパートを取り巻く環境はとても厳しい。筆者が出演しているTBSのラジオ番組『森本毅郎 スタンバイ!』で、「デパートに行きますか」という聴取者調査をしたことがある。ファクス、メール、そしてツイッターで行なったところ、全体でも「デパートには行かない」という回答が「行く」と答えた人より多かった。ツイッターに限ったところでは「行く」と答えた人は全体の3割にすぎず、「行かない」が7割を超えた。つまり若者から見放されているのだ。

この状況はデパートにとって座視できない。受付の女性の答えとは別に、日本橋高島屋は「日本橋エリアを生活拠点とする人々に向けて、職場でも家でもないサードプレイスとして心地よく過ごせる場所」というマスコミ向けの説明をしている。しかし筆者が受けた印象は、「このデパートは“体験”を売ろうとしている」というもの。むろん「買い物」も体験の一つだ。

体験を売る。それは恐らく全てのビジネスにつながる。よく「コト消費」がいわれるが、筆者はハッキリと「体験消費」という言葉を推奨したい。それこそが消費者を理解する鍵ではないか。日本橋高島屋はそれに挑戦しているように見える。そこには三越伊勢丹などの同業ライバルへの対抗意識も感じるし、明らかに存在感を増しているネットへの挑戦でもある。ひたひたと近づく“飽き”にどう対処するのか。常なる問題だ。

実はネットでの体験消費はなかなか難しい。今はまだ珍しいから体験になっているが、今後は「ベースライン(一般的)の消費ツール」に地位を落とす可能性が高い。そのとき、企業が消費者に声を大にして売れるのは体験だ。部品でもそうだ。日本のマスコミは「この部品はiPhoneに入っている」と取り上げる。それはiPhoneが人々に体験を売るツールと評価されているから成り立つ論理だ。

「飽きない体験」「くみ尽くせない体験」をいかに売るか。それが今後の対顧客ビジネスの一つのポイントかもしれないし、銘柄選択でも「それができている企業は?」という視点が面白いと思う。2つの施設を見てそう思った。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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