1. 金融そもそも講座

第214回 貿易戦争と株式市場

今の世界の株式市場にとって晴れぬ霧のような存在は、さらなる「貿易摩擦激化」、そしてその先の「貿易戦争(主に米中間)勃発」だろう。米国のトランプ大統領が旗振りしているかのようにみえる政策だ。既に日米欧の株価が大きく下げたときの市況記事には、「米中貿易摩擦の激化」や「世界的貿易戦争への懸念」が材料としてよく引き合いに出される。

しかしなぜそもそも、摩擦の激化とその帰結としての貿易戦争は、世界のマーケットにとって大きな下げ材料なのか。そこには緩衝材はないのか。また材料として、どのくらい息の長いものなのか。今回はこれらの問題を取り上げたい。

答えが分かりきっているような問題だが、摩擦とか戦争とかの言葉が持つ意味は、実相から見ると複雑。そのインパクトは、複雑系の典型であるかのようにマーケットに様々な角度をもって影響する。マーケットに携わる人間としては、貿易に対する規制の問題は、言葉に惑わされることなく周辺環境などを含めて重層的に考えておく必要がある。

経済活動と物価に打撃

大きく言うと、貿易戦争は世界の経済活動にとって強くマイナスだ。それは間違いない。主に2つの分野で世界経済、各国経済に打撃を与える。

第1は、国際分業が確立している今の世界で関税引き上げ競争などの戦争勃発は、部品・部材・完成品を問わず世界的な商品流通が潤滑性を欠き、滞ることを意味する。生産現場も販売現場も大きな打撃を受ける。その結果は生産の減少、商品の不足・滞貨であり、欲しい品がなくなることから消費者の購買意欲は低下する。よって成長率も低下し、場合によってはGDPが落ちる。

例えばトランプ大統領が示唆しているように、米国が欧州製の自動車に20%の追加関税をかけるとする。当然米国での販売価格は上昇するので消費者の購買意欲は低下するし、「今どき欧州車を買ってよいものか」という心理・逡巡(しゅんじゅん)も生まれる。では、そうした消費者が米国車を買うかというと、それも怪しい。米国車に満足できないから欧州車や日本車を買っていたわけで、「では米国車に乗り換え」とはいかないだろう。少なくともしばらくは米国での自動車販売は減少すると思われる。

米国の関税措置に対する各国の報復も問題だ。この稿を書く直前にウィスコンシン州に本拠を置くバイクメーカーのハーレー・ダビッドソンが、「生産の一部を海外に移転する」と発表した。米国が鉄鋼・アルミに対して最高25%の追加関税を課したことに対抗して、欧州が同地でも消費者に人気のある同バイクやバーボン(ケンタッキー州が主な産地)に、ほぼ同幅の関税を課したためだ。ハーレー社は就任当初からのトランプ大統領の「お気に入り」の米国企業だったが、そこからダメ出しをされたようなものだ。米国での生産が減り、雇用も流出する。一事が万事。貿易に対する規制は商品の世界的な流れと生産を阻害し、雇用にも打撃になる。

第2に、国内経済的に見ると貿易摩擦激化・物価戦争は少なくとも当初は物価上昇圧力を生む。なぜなら、今まで潤滑に入ってきていた商品が関税引き上げなどの規制対象となれば、当然ながら販売業者は対象商品の国内価格を引き上げる。需給バランスが崩れる。特に海外から入ってくるしかない商品はなおさらだ。貿易戦争は国際経済と物価に打撃だ。

企業で影響度に違い

しかしそれをマーケット的視点で個々の企業に落とし込んでいくと、貿易戦争の最中にあっても有利な企業と打撃を被る企業、その両方の影響を受ける企業など様々だ。国内販売価格を引き上げられる企業もある。しかし生産に必要な海外からの部品が値上がりして、プラスとマイナスで差し引きゼロの企業も出てくる。

一方で、国内調達部材で海外企業並みの(消費者を満足させられる)品質で商品を生産している企業にとっては、競合する海外品が入らなくなる分、業績アップにつながる。実に様々なケースがある。一口で貿易摩擦といっても、マーケットで銘柄を売り買いする人は細かく自分の投資対象をチェックする必要がある。そこは一般論では語れない側面がある。

またしばしば見逃されているのは、摩擦・戦争の対象になっている商品が、各国経済や世界貿易全体の中でどのくらいの割合を占めているかだ。それをしっかり見なくてはいけない。これが実際には小さければ、言葉だけが踊るという状態になる。

今は米国の大統領が世界的な貿易戦争の一番の旗振りをしているようにみえるので問題となっているが、これまでも小規模な貿易摩擦などは2国間や多国間でいつも生じていた問題だ。今はそれが大きく喧伝(けんでん)されている面もある。摩擦対象が世界経済全体に占める割合が大きくなければ、マーケットは摩擦激化・戦争という言葉を最初は気にしても「実はそうではない」とすぐに忘れる。貿易摩擦を材料とするマーケットの下げが比較的短時間に終わる(今まではそうだった)のは、マーケット関係者がその重要度が当初騒がれたほど大きくないことに気付くからだ。

重要なのは対象と期間

経済においては「ターム」(期間)も非常に重要なファクターだ。一気の円高は騒がれるが、すぐに戻れば経済への打撃は、実は小さい。いったん貿易戦争に突入しても、その時は大きなニュースになるが、すぐに2国間、多国間で合意が成立すれば経済や物価に対する影響は小さいか、ごく僅かだ。トランプ大統領の就任以来ずっと貿易摩擦の激化は予想されてきたが、マーケットがそれを本当に懸念していたように見えなかったのは、「どうせディールのための脅し」とか「各国は落としどころを探って最後は妥協する」などと読んできたからだ。最近になって「報復の連鎖」の危険性が見えてきただけにマーケットが下げに転じるケースも増えたが、それでも下げがずっと続くのはまれだ。

なぜか。一つには貿易摩擦や戦争突入の危険性が叫ばれながらも、その間の世界経済は米国を中心に非常に堅調で、陰りが見えるのはごく一部(アルゼンチンとかトルコとか)に限られているからだ。しかも世界貿易機関(WTO)などによると、世界貿易の伸びはずっと世界の経済成長率を上回っている。様々な問題があるにも関わらず、世界の貿易は今までは順調なのだ。

こうした実体を見ると、「確かに過去において貿易戦争は、実際の大惨事(戦争)の先駆けにもなった。しかし、今のような相互依存が進んだ世界経済では、摩擦・貿易戦争と叫んでも実際にできることは限られているのではないか」と読むことも可能だ。ハーレーがいい例だ。

各国のマーケットを見ると、リーマン・ショック後の超金融緩和を受けて長い間非常に強い動きをしてきただけに、最近は上値を追えなくなっている。直近では数日間下げるケースも多い。しかし摩擦・戦争と叫ばれる割には、下げ幅は限定的で、しばしばその後は戻っている。世界のマスコミは下げるときには騒ぐが、戻しの扱いはその三分の一程度だ。

むろん警戒を解いてはならない。なにせ経験のない人が世界のトップにいて、中国も折れる気配を示していない。ポイントは7月6日だ。その日が一連の“報復”の実施期日になっている。心配ではある。しかし、摩擦激化とか世界貿易戦争突入といった言葉に反応するだけでなく、それが実際に意味するところ、そしてその状態がどのくらいのタームで続くのかをじっくりと見る必要があると思う。それがマーケットに携わる人間の心得のようなものだろう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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