局面転換期の中銀政策7月FOMC声明をよむ
第192回前回から「局面転換期の中銀政策」ということで、リーマン・ショック以来の超緩和政策からの転換を図っている世界の中央銀行の動きを分析している。今回は原稿執筆の直前に7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)があり声明が出たので、緩和脱出を図る米国の中央銀行の考え方を見たい。FOMC声明に見る米当局の基本的な考え方を取り上げると共に、そもそもなぜインフレも顕在化していないのに出口戦略を急ぐのかを考えてみる。
毎回、違いをチェック
「そもそも」的に言うと、FOMC声明は筆者が毎回一番じっくりと読む文章である。現在FOMCは年間8回開かれる。今年の場合は1月末、3月*、5月、6月*、7月、9月*、10月末、12月だ。「末」と書いたのは同月末日と翌月1日にわたって開かれる回だ。「*」が付いた回は、FRB(米連邦準備理事会)のウェブサイト にもある通りで、イエレン議長が記者会見をします、という印だ。だから7月の今回は声明発表だけ。
通常最終日の米国東部時間の午後2時に発表になるので、夏時間の今は日本時間の翌日の午前3時。その時刻(サマータイムが終わると午前4時)ぴったりにFRBのサイトにアップされる。世界中からすごい数のアクセスがあるのだろうが、筆者は手に入れるのに苦労したことはない。そしてそれを分析し、ほぼ毎回その発表の少し後に自分のウェブサイトなどにその声明に対する意見を書いている。
声明の文章構成は決まっていて、通常は6パラグラフからなる。第1パラは米国の景気(雇用、失業率動向、家計などの支出、インフレ状況)に対する認識が示され、「FRBの米経済への認識」が分かる。第2パラは「FRBにとっては最大雇用と物価安定が重要ですよ」で毎回始まり、現行政策の展望が述べられる。第3パラは決定事項だ。今回は「FF金利は据え置きました」となっている。第4パラは「今後政策をどう動かすか」に関して。第5パラは「FRBのマーケットオペレーション」に関して。最後の第6パラは「誰が賛成し、誰が反対したか」。
文章は「これは使い回しか」と思うほど、前回と同じケースもある。後で述べるが、今回はさっと読めて「あまり変わらない印象」だが、重要なのは、少しでも変えられた箇所、単語だ。そこにFRBの米経済への認識の変化がみられるし、それが分かればFRBの政策の今後(マーケットに大きな影響を与える)が分かる。日本語の新聞で声明に関する記事を読んでいる方も多いと思うが、ここはぜひ原文で、どんな単語が使われているか、どんな語順で書かれているのかを見てほしい。筆者はFOMC声明の分析を欠かしたことはない。FRBの、そして議長(今はイエレン氏。FRBの中で重きをなす)の考え方が分かるからだ。
比較的早期に、と10月縮小着手を強く示唆
その前提で今回の声明を早朝に読んだが、「おや」と一番響いた文章は第5パラにあった。「The Committee expects to begin implementing its balance sheet normalization program relatively soon,」となっていて、翻訳すると「委員会はバランスシートの正常化を比較的早期に開始と予想」という部分。
毎回読んでいると、ここは前回と違うというポイントでは心が鳴る。今回もそうで、「relatively soonなんて声明では初めて。確か前回はそんなことを言っていなかった」と思った。前回、6月の声明の同じ部分は「The Committee currently expects to begin implementing a balance sheet normalization program this year, provided that the economy evolves broadly as anticipated.」となっていた。大きく変わっている。前回「this year」だったものが今回は「relatively soon」になり、前回は「provided that the economy evolves broadly as anticipated」(米経済が概ね予想通りに展開したら)という前提条件があった。これは今回も変わらないが、いきなり「早期正常化措置を開始できると予想」となっている。
これが何を意味するかといえば、FRBが資産縮小に着手するのは秋、具体的には次回9月のFOMC(September19-20)で公表し、10月から100億ドルを限度に資産を減らしていくというスケジュールで決まり、ということだ。12月の事を「relatively soon」とはいわない。
もう一つ気が付いたことがある。それは前回「私は利上げに反対」と言っていたカシュカリ委員(ミネアポリス連銀総裁。筆者は「貸し借りさん」と呼んでいる)が、イエレン議長以下の決定賛成者の列に加わっていること。よって反対者はいなくなった。「利上げには反対でも、資産縮小のrelatively soon実施には賛成」だと分かる。ますます、資産縮小の秋からの実施が予想される事態だ。
なぜ急ぐ
では景気が良くなってきているにしても、低インフレ、上がらない長期金利など「とても金融引き締めにふさわしい時期」でないことが明らかなのに、なぜ米国の中央銀行が、そして将来的には欧州の中央銀行たるECBが、超緩和からの出口を探し(出口論)、さらには引き締めに向けた動きを模索するのか。普通に考えれば「急ぐ必要なんてないのに」「待てばよいのに」ということになる。
しかしそこには国の金融政策をあずかって常に先を見なければならない「中央銀行家としての恐れ、先々に対する恐怖」があるのだと思う。政策担当者だったら誰でもが持つもの。それは「次の危機が起きたときに、自分の国は金融でも財政でも政策発動余地を持っているのか」という視点だ。中銀総裁は先々の危機が起きた時の自分が発動する金融政策を考える。そして今の世界の中央銀行家は誰でも、「今の状態で危機が起きたら発動できる政策余地がない」ということに気が付いているし、それを強く懸念していると思う。
危機がいつ起きるかなど誰も分からない。しかし世界中で負債の塊は大きくなっている。よくいわれるのは米国での自動車ローン、学生ローンであり、世界的に見れば不動産投資の分類に入る住宅、ビル投資に関連したものも多い。中国がその代表だ。世界的低金利だから世界中で「借りよう」と思う人は借りた。それはいってみれば債務だ。債務が積み上がったときに経済危機になればすぐに「財政、金融であらゆる措置を動員して」ということになる。民主主義国家では政治家は投票者たる国民の生活を守らなければならない。
では今の時点で残っている政策手段はあるのか。既に世界各国の財政赤字は膨大だ。一方金利は、これ以上下げようもないほどに下がっている。そればかりか世界中の先進国は非伝統的金融緩和措置を取っている。そこにリーマン級の新たな危機が起きても中央銀行家としては既に手持ちのカードはないという状態だ。
だからイエレン議長も決して口に出しては言わないが(言った瞬間にマーケットは“危機”を感知する)、「このままでは次の危機への対処法がない。政策余地を作っておかねば」と思うはずだ。政策を担当している人は常にそうだろう。次に危機が起きた時にはどうするかを考える。そして気が付く。「何もない。それではいけない」と。それは日銀の黒田総裁もそうだろうが、消費者物価の上昇率目標を2%に置き、実際の数字がそれに大きく乖離(かいり)している状況では、とても「出口論」など口にできない。しかし同じ危機意識は強いだろう。
よくマイナス政策の深掘りといわれる。しかし危機の際に、預金金利にマイナス金利を大規模に導入したところで民間(個人を含めて)の貯蓄に転嫁できるわけがない。とすればまた日銀が「何かを買う」ということになるが、債券、株、不動産投資信託(REIT)と来ていて、もう次は「リスクのより高いもの」くらいしか残らない。だとしたら、景気やインフレの動きを注視しながらも、なるべく金利は高めにして政策余地を残そうと思うだろう。
筆者はこの「次の危機備え」の面が、イエレンFRB議長の政策にも色濃いとみている。(続)