金融そもそも講座

マーケットで重みを増すIT株ITとは技術ではなく“システム”

第188回

IT(またはICT)とはそもそも、どのようなものだろうか。日本では、個々の製品や商品の中にある新しい機能や技術といった受け止め、印象が強いと思う。しかしテクノロジーとしてのITを考える上で一番重要なポイントは、「システムである」という認識だ。

社会にはいろいろなシステムがある。法システム、社会システム、政治システム、慣習もそうだ。ITのシステム力のすさまじさは、基幹技術としてそうした従来型のシステムに変容を促し、時に発展させ、場合によってはそれらを押しつぶしていくことだ。時間をかけて。だから社会的インパクトが徐々に広がってきている。ITが持つシステムとしての影響力は、今後一段と増すだろう。というより加速するだろう。ITとは個々の製品に宿る技術ではなく“システム”だ、という点を今回はしっかり押さえたい。

高値追う株価

本題に入る前に。この文章を書いている最中(5月31日)に「アマゾン株が1000ドル突破」というニュースがあった。この日の日本経済新聞(夕刊)の記事では「アマゾン・ドット・コムは1997年に上場してから20年で株価(株式分割などを考慮)は約500倍に膨らんだ。安定して稼ぐクラウド事業と世界で広がるネット通販事業による収益拡大への期待が投資家の強気姿勢につながっている」と指摘。同社の時価総額はトヨタ自動車の3倍に達したという。

この記事で興味深いのは、前回も取り上げた世界の時価総額ランキングを「図表」にして掲載しているが、そこにおける各社の時価総額が、前回見た時点から軒並み増加となっていることだ。これら企業の時価総額は増え続けているのだ。ニューヨーク市場のダウ平均がやや頭打ちの中でも。これはやはり基幹技術としてのITが社会を支え、変えつつあるシステムそのものであり、よってそれを担う各社の評価は上がらざるを得ないという状況を示唆している。

さて、ITはシステムそのものだという話に戻る。冒頭で、日本ではITについて個々の製品や商品の中にある新しい機能や技術といった受け止め、印象が強いと書いた。日本人は目の前にある製品の「仕上がり具合」をとても気にする。それは悪いことではない。私がなぜ長い間iPhoneを使っているかといえば、ソニーの製品に憧れたスティーブ・ジョブズの作ったアップルが、堅牢で美しい製品を生み出し続けているからだ。しかしもっと重要なのは、その機能が同社のシステムそれにグーグルなど周辺システムをバックに常に最先端であり、私を魅了し続けているからである。

ITは重層システム

最近、バンコクを中心としてタイに一週間ほど滞在した。そこで一番「これはすごい」と思った機能は、アプリで入れていた「グーグル翻訳」だ。このアプリはいってみれば手の中の音声翻訳機だ。例えば日本語で「…をしたい」「…に行きたい」と言えば、時間をおかずにタイ語に翻訳し発声してくれる。実に便利だ。製品の機能のようにも見えるが、実は手の中のマシン(iPhone)はネットにつながり、国境を越えた先にクラウドとAIがあるという全体的システムとして機能している。

「ネット」も「クラウド」も、そして「AI」もそれぞれがシステムなのだが、重要なのはそれらが重なり合ってより大きな一つのシステム、利用者にとっての有用なシステムとして機能しているということだ。

スマホ・カメラのレンズが良くなったとか、防水になったとか、個々の製品のハード的機能改善もむろんある。しかしカメラの眼が優れていても、撮った写真をすぐに送信し、ネット上(フェイスブックやインスタグラムなど)にアップできなければ、“眼の改善”がもたらした優れた写真の価値も下がる。つまりITというのは、90年代に広がったネットというシステムの上に最近急速に広まったクラウドやAIのシステムが重層的に重なり、「より緊密で、すばやく、多機能で、利用者に役立つサービス」を可能にしているといえる。

ではITのシステムはこれで進化を終えたのだろうか。とんでもない。まだまだ序の口だろう。例えば今のスマホ・ケータイは「4G」の時代だが、既に5Gの話題が尽きないし、実際に自動運転などの大容量のデータを送受信することが必要な時代には5Gが不可欠だ。また最近盛んにいわれるIoTにしても、騒がれているうちは実験段階だ。本番はこれから。5GもIoTも、それらが完全に普及した上には、今ではちょっと考え及ばないような新しいサービスに発展する可能性が大だ。

壁崩しの技術

存在感を増しているITというシステムは、法律や社会構造や企業組織など既存システムには時に挑戦的であり、時には破壊的だ。社会のありようを変えるからだ。確認しておくと、人間の社会を一番根本的に変えるのは「テクノロジー」だ。恐らくそれは宗教の力を凌駕(りょうが)する。少なくとも社会がエボルブ(進化)する限りは、テクノロジーが最大の変革要因だ。

そのテクノロジーのベースが、アナログからデジタルになりつつある。時間をかけて。そもそもデジタルが「壁崩しの技術」であることを想起すれば、その影響がすごく大きなものになることは明らかだろう。

例えば技術的に完全自動運転ができるようになったとする。5Gの世界だが、それほど遠い未来ではない。その場合、道路交通法の改正はむろんの事、自動車の形状も大きく変わることが予想される。運転席が極小化するからだ。とすれば「ダブルベッドをメインコンセプトにした自動車」も可能かもしれない ――8時間2人でベッドに寝ていたら、東京から青森に着いた―― といったような。IoTが完成に近づけば、自宅の施錠の確認から戸締まり、電気・ガスの停止確認、風呂の事前準備など様々なことが可能になるが、一方でIoTに関する新しい法律が必要になるだろう。

ITが世界に及ぼしている影響は甚大だ。インドではカースト制度を揺さぶり(ITという新しい産業は能力主義・才能第一の社会ニーズを生んだ)、企業組織で中間管理職の仕事を一定程度奪い、ファンド・マネジャーのマシン依存度を強め(資産運用でもAIが優位に)、各国で適者・不適者の両方を増やして格差を増大させ(いわゆる世界的格差社会)、世界の政治を不安定化させている。その一方で、医療がより多くの人に届き、商品をより安く生産し、新しい分野で雇用を増やしている。実に実に、大きなインパクトをもたらし始めているのだ。

重要なのは、ITテクノロジーを駆使して社会の変化をもたらし世界を揺り動かしているのが、政府ではなく民間企業だということだ。それが世界的なIT企業の評価を高め、そしてアマゾンの1000ドル超え(たとえそれが一時的にせよ)をもたらしている。次回はその辺を深掘りしたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。