金融そもそも講座

AIと投資

第184回

チェスや将棋に続いて囲碁の世界でも人工知能(AI)が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している。囲碁はチェス・将棋に比べて何十倍も複雑なのでAIがプロ棋士に勝つのは容易ではないとずっといわれてきた。しかしそれも去年までだった。世界トップクラスのイ・セドル九段(韓国)とAI「アルファ碁(AlphaGo)」の対戦は世界中で注目されたが、結果はプロ棋士サイドに残酷だった。アルファ碁が実に4勝1敗という圧倒的な成績でイ・セドルを打ち負かした。

AIのライジングなパワーはすさまじい。では囲碁よりもはるかに複雑怪奇な投資の世界で、AIは今どのような位置づけだろうか。我々の資産運用にAIそのものやAIを使ったファンドをどのように取り入れていくべきだろうか。今回はちょっと目先を変えてAIと投資を考えてみたい。

AI投資のメリット

この問題を取り上げる理由は、現場で仕事をしている外資系のファンドマネジャーの後輩達から「なかなか機械に勝てなくなった」という話を聞く機会が最近増えたからだ。仲間内の、くだけた場での発言だからこそ、それが実態かなと思う。ということは、“プロ棋士に勝つほどのAI”を使った投資は有用性が高いということだ。投資のプロ(人間)もしばしば負けるのだから。逆に我々投資家にとって、AIは有用なものになり得るということだ。

実は日本では、AIを運用の世界にどう取り入れるのか、AIと人間のファンドマネジャーをどう協働させるのかの問題は、それほど表面化していない。しかしネットで「AI 資産運用」「AI ファンド」などで検索すると、数多くの結果が表示される。外資系やベンチャー系などを中心に、業界でも取り組みは増えているのだ。

現時点でいわれている、AI投資のメリットとはいかなるものか。

  • 1.背後にあるビッグデータの存在
    AI投資のバックグラウンドには必ずビッグデータが必要だ。そこに存在する膨大なデータに一定のルールを適用して新たな投資対象を選び、過去事例から売買や投資のタイミングを見つけ出すことができる
  • 2.取引の時間短縮
    スーパーコンピューターを使えば分析、判断、取引(発注も含めて)にかかる時間は著しく速くなり、それはしばしば人間(ファンドマネジャーや投資家)の判断・処理能力をはるかに上回る

などだろう。まず1について。証券アナリストが業界別になっているように、人間には得意分野がある。逆に言えば、人間には得意領域が限られるということだ。日経225だけでも225社が入っている。その全部を詳しく知っているアナリストはいない。また台頭し、市場から注目される銘柄はベンチャーの中から生まれるケースが多いが、それらはしばしばカバーしきれない。だからアナリストは業界別なのだ。

しかしスーパーコンピューター(処理能力が著しく高い)を使うAI、その背後にあるビッグデータは違う。検索条件にあった銘柄を一瞬のうちに導き出すことができる。業種横断的だ。それは人間にはできない。しかも、それはツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNSの世界のトレンドをも監視するという優れものだ。

そして2は、要するにスピードだ。それには人間はとても追いつけない。以前からいわれているのは高頻度取引(High frequency trading:HFT)だ。高頻度には当然、高スピードが必要だ。1秒に満たないミリ秒単位のような極めて短い時間の間に、コンピューターは自ら判断して売買を実施できる。アルゴリズム取引とか、もっと短縮してアルゴとも呼ばれる。しばしばフラッシュクラッシュ(相場が瞬間的に急落すること)の原因とされるが、高速取引のメリットは大きい。

またコンピューターは常に冷静である。人間はトレーディングに限らず、しばしば感情や意地に支配されて失敗する。AIにはそれがない。

AI投資の限界

AI投資には限界も指摘されている。AI投資が頼りとするビッグデータは、いってみれば過去のデータの膨大な集積だ。その集積の中から法則を見つけ出して投資の世界に適用する。しかし、過去に無かった全く新しい出来事の判断は難しい。

実は、人間は、スーパーコンピューターが生まれる以前から、それを凌駕(りょうが)するマシンでもある。視覚、聴覚、臭覚などの感覚、それに予測する力を備え、思考能力も高い。故に繁栄している。AIにそうしたセンサー機能を付ける作業は試みられているが完成形にはほど遠い。今の4Gレベルの電波環境ではほぼ無理といわれている。将棋や囲碁では人間に勝てても、まだ情報の総合的な分析力・判断力・推察力では人間の方がAIに勝る面がある。

またAIと一言でいうが、個々のAIで能力差、得意分野の別がある。アルファ碁をそのまま投資の世界に入れても役立たない。投資運用各社が使うAIの能力を見極める必要もある。だから、AIと人間は補完し合う関係であるというのが筆者の考え方だ。

むろんコンピューターを使ったAIの学習能力は、加速度的に進歩している。注目されているのはディープラーニング(Deep Learning)だ。日本語では深層学習と訳される。それは、将棋、囲碁を含めていくつかの分野でAIを人間と同等、一部では凌駕する存在にした優れものだ。

しかしゲームと違って人間の世界(投資もそうだが)では打つことが可能な手数は決まっていない。無限にある。将来を予測する作業を大枠としてできるのは人間だ。それは生命体としての直感でもある。AIにはそれが難しい。だから筆者は思う。投資の世界もAIだけに頼るのは難しいと。やはり人間の関与が必要だし、そもそもAIを作るのは人間だ。

実務上の問題もある。投資の世界では勝っても負けても、なぜその結論になったのか、なぜそこで買いそこで売ったのかの説明がしばしば求められる。資金提供者への説明責任だ。しかし、例えばHFTなどのAIがその判断に関して、利用者に対する合理的な説明をすることは難しい。

どう利用するか

抽象的にAI投資のメリット、デメリットを語っていても、実際に自分の資金を託すに値するAIファンド(投資信託商品)が増えて、選べるほどにそろわなければ話は進まない。自らスーパーコンピューターのプログラムを作成し、ビッグデータを加味して稼働させ、それで成果を上げられる人は少ないだろう。

筆者が調べた範囲では、日本の投資の世界ではAIはまだ実際的には活躍してはいない。語られることの方が多い。今後徐々に出てくるが、人材の入れ替えが難しい日本の金融機関では少し時間がかかるかもしれない。何よりもAI投資を実現するには、投資やディーリングに加えてコンピューター・プログラミング、もっといえばディープラーニングに詳しい人間を劇的に増やす必要がある。

しかし日本の金融機関での経営は、大学で法律や経済を学んだ人間達が主流を形成し、コンピューター関連は別系列の組織体になっている。AI投資の成熟にはこの二つの分かれた世界を融合する多くの人間の頭脳と、それに対応した組織が必要だ。

さらにディープラーニングは、進化の途上にあって刻々と変わっている。試験的に取り入れるにしても、それが本当に個々のファンドとして優れているかどうかの検証には時間がかかる。少し調べたら、昨年12月にAIが銘柄を選択する投資信託の運用を三菱UFJ国際投信が始めた。しかしこれも当初は機関投資家向けだった。

今後AI投資商品がそろってきたら、投資家はどうすべきだろうか。むろん中身次第だが、一部取り入れてみるのも面白いと考えている。少なくとも投資の世界にもAIは確実により深く入ってくる。自分の資産の一部をコンピューターに任せて予行演習をしておく必要がある。

多分、AI投資と車の自動運転は似ている。両方とも信頼できれば取り入れればよい。たとえ一部でも。しかし投資を自分で判断し、車を自分で運転する「喜び」を確保しておきたい人は、コンピューターやAIに任せる必要はない。それは選択の問題だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。