金融そもそも講座

各国経済の強さと弱さ PART36(韓国編)経済、外交、政治で大きな試練に立たされる韓国

第168回

過去3回は英国のEU離脱の影響と今後の展望を取り上げた。今回から世界各国の経済特集に戻る。既に3回取り上げた韓国の続きだ。これまでは主に韓国の経済不振とそれに関連した社会問題を見てきた。今回は韓国を取り巻く国際的な環境の急速な変化を取り上げたい。動きは急で、この外交・政治関係の変化が将来の韓国やその経済、日本を含む東アジア経済の行方を大きく変える可能性があるからだ。韓国は経済でも外交でも、そして国内政治でも今、大きな試練に立たされている。

キーワードはTHAAD

今の韓国を考えるキーワードは「THAAD=サード」だ。これは「地上配備型ミサイル迎撃システム」の略で、英語名で正式には「Terminal High Altitude Area Defense missile」と呼ぶところからきている。米国が開発した弾道弾迎撃ミサイルシステムの一種だ。敵弾道ミサイルがその飛行の最終(terminal)段階にさしかかり大気圏に再突入する段階で、迎撃・撃破するために開発された。

日本の場合もそうだが、従来はこのような役割のためにはパトリオット(PAC-3)が配備されてきた。しかし、パトリオットは比較的小規模で展開しやすいのと引き替えに射程が短い。そのため高速で突入してくる中距離弾道ミサイル、例えば北朝鮮のノドンやムスダンに対しては韓国や日本は対処が難しい。また、迎撃に成功しても地上への被害が大きくなるというリスクがある。このことから、パトリオットよりも高高度、成層圏よりも上の高度で目標を迎撃するために開発されたのがTHAADというわけだ。

THAADには当然ながらレーダーシステムが付属している。発射される敵ミサイルを感知、追跡し、その軌道を計算して迎撃できるようにする必要があるためだ。その名を「Xバンドレーダー」といい、探知距離は1,000km以上とされる。

国際社会から非難を浴びながらも、無謀なミサイル実験を続ける北朝鮮。最近はその能力向上が顕著なことを受けて、韓国は自国防衛の観点からTHAADとこのレーダーを在韓米軍が導入することに同意した。配置場所は当初、韓国南部星州(ソンジュ)とされたが、現地で反対運動が強まったため配備地変更の可能性もある。しかしいずれにせよ韓国に新たなミサイル防衛システムが導入されることになったのだ。

在韓米軍のトーマス・ベンダル司令官と韓国国防省の柳済昇(リュ・ジェスン)国防政策室長は共同会見で導入を正式発表し、「北朝鮮の核と大量破壊兵器、弾道ミサイルの脅威から韓国と国民の安全を守り、米韓同盟の軍事力を保護するための防御的措置として決定した」と述べ、さらに「どの第三国を狙うこともなく、北朝鮮の核とミサイルに対してのみ運用される」との立場を表明した。

怒る中国

しかしこれに怒ったのが中国だ。韓国のどの地点であれ1,000kmといえば中国の東北部の一部が在韓米軍のレーダー監視下に入り、その関連の動きが丸見えになってしまう。中国は当初からこの「韓国によるTHAAD導入」の動きに反対を表明し「強烈な不満」を述べてきたが、配備が正式になったことから韓国を強く批判するようになった。

実はそれまで中韓関係は良好だった。その象徴が昨年の秋に開かれた「中国人民抗日戦争、世界反ファシスト戦争勝利70周年」を祝う軍事パレードへの韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の出席だ。中国が北京市内の天安門で主催したもので、朴大統領は天安門の観閲台に習近平国家主席に寄り添うように上る姿が世界のマスコミに流れた。米国などは日韓関係の悪化などを理由に朴大統領に出席を見合わせるように要請していたといわれるが、同大統領は中国に接近する韓国の姿勢をあえて鮮明にする行動を取った。

それには理由がある。韓国にとって中国が断トツに貿易関係が深いからだ。中国は韓国にとって輸出、輸入の両方で一位の貿易相手国。かつて日本が占めていたその地位は、すっかり中国に入れ替わっている。「今後の韓国経済を考えたら、中国との緊密な路線を歩むしかない」と朴大統領は考えた。つまり韓国はごく最近まで「親中路線」を走っていたのである。このことで、米国や日本との外交姿勢を問われる場面も多かった。「韓国は親米の西側諸国から親中派に変わった」とまで言われた。それほどまでに韓国にとって中国は重要な国と理解されていたのである。

しかしTHAAD導入で事態は一変する。どの第三国を狙うこともなく、北朝鮮の核とミサイルに対してのみ運用といくら説明しても中国は強烈な反対を繰り返すばかりだ。中国の王毅外相は7月に「THAADの配備は韓半島の防衛需要をはるかに超えるもの。どのような弁解も無力だ」と話し、「このような挙動(THAAD配備)の背後にある本当の策謀に対し疑問を提起する権利と理由がある」と付け加えた。一種の米国批判だ。さらに王外相は「韓国の友人たちはTHAAD配備が韓国の安保と朝鮮半島の平和安定に本当に有利なのか、韓半島の核問題解決に役立つのかどうかに対し冷静に思考することを希望する」とまで注文をつけた。一種の脅しともいえる。

王外相の発言は、訪問中のスリランカで現地メディアのインタビューに答えたもの。同外相はしばしば中国の記者との打ち合わせで訪問目的と関係のない問題に対し発言し、それを世界に発信する。実際に中国外交部は王外相の発言内容をすぐにホームページで公開した。「打ち合わせ済みだった」ということで、中国の韓国への不満を鮮明にする意図が明確だ。

板挟みの韓国

警告だけでなく、中国はTHAAD導入を決めた韓国に対して報復とか制裁に出ているのではないかとの見方もある。中国共産党機関紙である人民日報系の環球時報は8月初め、THAADの韓国配備決定に関連して「“韓流”が中国市場にあふれている現状を見直す機会にすべきだ」との社説を掲載した。この社説は「中韓関係はここ数年、一貫して良好だった。韓国が日本のような米国一辺倒でなかったからだ」としながら「状況は変わった」との認識を示した。

「韓流を見直す」とは具体的に何を意味するのか。それは韓国にとって輸出の停止を意味する。日本、アジアばかりでなく中国にも広まった韓流と呼ばれるドラマやファッションが、中国では売れなくなる。環球時報は「韓流は良好な中韓関係を背景に中国市場を席巻してきたが、結果として中国の若者の韓流化が進んだ。それは不正常な状況」だとして、「韓流の減少によって中国独自の娯楽を発展させる転機とすべきだ」と主張した。実際に中国で予定されていた韓流スターらの活動が相次いで延期や中止となっている。THAAD配備に対する報復との見方もある。

韓国では対中貿易に関わるビジネスマンの間でも、緊張感が高まっているという。中韓の外交的あつれきが、ビジネスへの打撃となることを懸念しているのだ。ただでさえ世界のマーケットで苦境に立つ韓国経済にとって、中国ビジネスを失うことは打撃だ。韓国のビジネスマンはそれを恐れている。

北朝鮮のミサイルから自国を守るためにはTHAADが必要だ。だからその導入を決定した。しかし貿易関係で今後も親密な関係を続けたい中国を怒らせてしまった。韓流だけでなく、今後貿易取引でも中国は韓国に報復・制裁をしてくるかもしれないという板挟み状態。韓国は経済分野ばかりでなく外交においても大きな試練に直面している。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。