1. いま聞きたいQ&A
Q

最近、為替などの相場が短期間で大きく変動しがちなのはなぜですか?

他人の判断への追随が価格変動に加速度を生む

このところ、さまざまな金融市場において短期間に価格が大きく変動するケースが目立ちます。例えば銀のニューヨーク先物相場は、今年(2011年)4月下旬に1トロイオンスあたり50ドル目前と、31年ぶりの高値をつけていましたが、5月の第1週だけで約25%も急落しました。ニューヨークの商品取引所が銀先物取引に必要な証拠金を引き上げたのが、急落のきっかけとなったようです。

円ドル為替相場は、今年3月11日に発生した東日本大震災の前には1ドル=82円前後で推移していましたが、大震災後の17日に一時1ドル=76円25銭まで急騰し、15年11カ月ぶりに円高の最高値を更新しました。大震災の影響で日本企業などが当面の手元資金を確保するため、円を買い戻す動きが強まるとの見方が広がり、そこへ海外のヘッジファンドなどが円買いを仕掛けた、といわれています。

これらをあくまでも特殊な要因や市場環境による「非常にまれな出来事」と考えることもできるでしょう。ただし経済物理学などの新しい研究を通じて、こうした市場の激しい価格変動には法則性があることも分かってきました

これまで市場参加者の行動は、コインを投げた時に表が出るか裏が出るかと同じで、常にランダム(無作為)であると考えられてきました。ところが実際には、市場参加者には他人の判断に追随する「群れ行動」を好む傾向があり、それが売りや買いの一定方向に加速度を生む結果、価格変動が増幅されて大きくなるというのです。市場が不安定で、市場参加者の心理的動揺が大きい時ほど、こうした群れ行動は顕著になる傾向が強いようです

一方で2010年5月6日には、米国のダウ工業株30種平均が5分間で573ドルも急落し、その後の1分半で543ドル急騰するという乱高下を記録しました。これは「フラッシュ・クラッシュ」と名付けられ、コンピューターによるプログラム売買の連鎖が主因ではないかとみられています。今日では人間の心理的な要素に加えて、コンピューターによる高頻度取引も市場価格の激変をもたらす可能性が高まってきており、従来以上にリスク管理が難しくなっているといえます。

市場価格が変動する度合いは「ベキ分布」を描く

自然現象や社会現象におけるリスク(まれな事象が起きる確率)の評価手法として最も一般的なのが、左右対称の釣り鐘型をした「正規分布」という確率モデルです。正規分布では平均値と標準偏差によってリスクを正確に把握できるため、身長や学力の分布測定から各種保険における掛け金や保険料の計算まで、この手法が広く用いられています。以前にも紹介しましたが、伝統的な経済学や金融理論でも、市場リスク(価格の変動)を管理するにあたって正規分布が採用されてきました。

しかしながら、ここ数十年で現象およびデータの観測・解析技術が飛躍的に進歩した結果、自然現象や社会現象のなかには正規分布では表せないものも多数あることが分かってきました。それらのリスクを評価する新しい統計手法として、特に注目を集めているのが「ベキ分布」という確率モデルです

ここでの「ベキ」とは累乗のことを表し、例えば2の3乗という場合の3を「ベキ指数」と呼びます。仮にいま、ベキ分布を身長の分布にあてはめたとすると、身長を2倍にした際に、その身長の人が存在する確率は2の定数(ベキ指数)乗となります。ベキ指数がマイナス3ならば、身長が2倍の人の存在確率は「2のマイナス3乗=8分の1」なので、身長が2メートルの人が320人いたとすると、身長が4メートルの人は40人、8メートルの人は5人いるような分布を描くことになるわけです。

当然のことながら、身長が4メートルや8メートルの人は実際には存在しないため、身長についてはベキ分布よりも正規分布で表す方が適していることになります。ただし地震や津波、洪水などの規模、人々の所得の大きさ、株式や為替など市場価格が変動する度合いなどは、いずれもベキ分布を描くことが分かっています。

ベキ分布の大きな特徴は、正規分布に比べて釣り鐘型の裾野が左右に厚く長いグラフが現れることです。正規分布の想定では発生確率が小さいはずの「異常値」が、ベキ分布ではより頻繁に起こるという分析結果になります。ベキ分布の研究が進むことによって、正規分布では大きなリスクの発生確率を実際よりも小さく見積もってしまうことが、図らずも明らかになったといえるでしょう。

また、ベキ分布では過去のデータに基づく平均値や標準偏差といった基本的な数値がほとんど意味を持ちません。そこでは前述したように、事象の大きさと発生確率の間に一定の法則が成り立っているだけです。ちなみに株価や為替レートの変動においては、変動の大きさが2倍になると、それが起きる頻度はおおむね16分の1になるという法則性が確認されています。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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