投資家の過剰反応と価格変動の増幅メカニズム
金融市場では、資産価格のボラティリティー(変動率)が突如として高まることがあります。今年(2015年)の8月下旬から9月下旬にかけて世界の株式市場を襲った高ボラティリティー相場は、まさにその典型といえるでしょう。
株式相場のボラティリティーが高まる大きな要因として、例えば投資家の不安心理や、価格変動を増幅させるメカニズムの存在を挙げることができます。
今回のケースではまず、米国の年内利上げ観測や中国経済の減速懸念、原油安などを通じて投資家の世界景気に対する不安や疑心暗鬼が増大していました。そこへ市場の悪材料が相次ぎ、投資家が過剰反応したことによって株式相場の変動率が上昇したというのが基本的な考え方です。
独フォルクスワーゲンの排ガス不正や、スイスの資源商社であるグレンコアの経営不安観測、サウジアラビアが財政悪化によって世界から8兆円の投資資金を引き揚げたニュースなど、いくつもの悪材料が俎上(そじょう)に載せられました。その度に世界中の投資家が悲観と楽観の間で一喜一憂し、投資マネーの動きが必要以上に大きくなったというわけです。
価格変動の増幅メカニズムとして注目されているのが、各種の資産運用戦略です。例えばヘッジファンドや年金基金などが採用している「リスク・パリティ(均等)」という分散投資戦略では、先進国株式や新興国債券といった投資資産ごとのリスク量が等しくなるように、各資産への配分比率を調整します。ある国の株式市場でボラティリティーが高まると、リスク・パリティでは自動的に当該株式の大量売却を行うため、その国の株式市場では変動率がさらに上昇することになります。
日本株に関しては、日経平均レバレッジ・インデックス連動型上場投信(日経レバ)の及ぼす影響も見逃せません。このETF(上場投資信託)では、運用会社が純資産残高の2倍にあたる日経平均先物の持ち高を保有し、それを日々増減させながら騰落率が日経平均株価の2倍になるよう基準価格を調整します。純資産残高は約8,000億円にのぼり、売買代金が東証上場全銘柄のトップになるなど、個人投資家の大きな人気を集めています。
日経平均株価が2%下落した場合、日経レバでは値動きをその2倍にするため、保有する日経平均先物を4%減らす必要があります。こうした日経レバの運用に伴う日経平均先物の取引額は、新規設定や解約も含めた買いと売りの差が2,000億円を超える日もあるようで、日本株相場のボラティリティーを増幅する一因と見られています。
実体経済の悪さが株価上昇を招くという不思議
日経平均株価について投資家が今後1カ月間の変動率をどの程度と予想しているかを示す「日経平均VI(ボラティリティー・インデックス)」は、8月25日に47.01まで上昇した後、10月28日現在では27.64まで低下してきています。同じく米国S&P500種株価指数について投資家が予想する今後1カ月間の変動率を示す「VIX(恐怖指数)」も、8月24日の40.74から10月28日には14.33まで低下しました。
9月末から主要各国の株価が上昇に転じたことも合わせて考えると、10月に入って市場はひとまず落ち着きを取り戻したと見ていいようです。その背景としては、市場が10月末の米国利上げの先送りや日銀の追加緩和を織り込み、いわゆる過剰流動性相場が今後も継続することを意識し始めたためといわれています。ただし、この過剰流動性に対する投資家の認識については、いまひとつ釈然としないのが正直なところです。
例えば10月2日の米国ダウ工業株30種平均は、9月の米雇用統計が市場の事前予想を下回る結果となったため、朝方に前日比で258ドル下落しました。ところがその後、雇用統計を受けてFRB(米連邦準備理事会)の年内利上げが難しくなったのではないかとの憶測が広がり、終値は前日比200ドルの上昇となりました。すなわち、米国の実体経済が予想以上に悪いという情報は、結果として米国株を上げる方向に働いたのです。
10月22日~23日に日米欧の株価が大きく上昇したのは、22日にECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁が追加緩和策を示唆し、23日に中国が追加利下げを決めたことによるものと見られます。しかし、本をただせばECBや中国のこうした動きは、自国内や域内において物価や景気の先行きを不安視していることの裏返しです。ここでもやはり、主要国の実体経済の悪さが世界的な株価上昇を招いたことになります。
実体経済が悪いという現実には半ば目をつぶり、むしろその現実を取り繕うための金融政策を投資判断の物差しとする――。こうした投資家による都合のよい理屈や付和雷同が続く限り、今後もその反動として、予期せぬボラティリティーの高まりは繰り返し起こると考えた方がいいかもしれません。