従来のインフレとは異なる物価上昇パターン
インフレとは簡単に言えば、継続的な物価上昇によってお金の価値が相対的に減少し、国民の購買力が低下することを指します。原油などの資源価格や小麦、トウモロコシなどの食糧価格の高騰にともなって、日本でも昨年(2007年)の後半から物価が上昇傾向にあり、本格的なインフレの到来が懸念されています。
ただし、同じ「物価上昇」でも、今回は過去のそれとは大きく意味合いが異なります。日本で過去に発生したインフレは、おもに景気の過熱が原因です。好景気で企業の業績が上がり、従業員の給料も増えるため、企業の設備投資や個人消費が活発化します。こうした需要の拡大(供給の不足)が値上げを誘発して物価が上昇し、それがまた企業の業績アップにつながるという好循環が、過去のインフレの特徴でした。物価上昇により購買力が低下しても、それを補って余りあるだけの「実入り」が、当時は企業にも個人にもあったわけです。
対して今回の物価上昇は、あくまでも世界的な原材料価格の高騰が招いたものです。景気が低迷ぎみのなか、さまざまな業種でコストアップが日本企業の収益を圧迫。費用負担に耐えられなくなった企業が製品価格への転嫁を始めたため、物価が上昇しました。いわゆるコストプッシュ型の物価上昇です。今回は給料が伸び悩むなかでの物価上昇なので、個人は消費を控え、企業の売り上げはダウンし、業績が悪化に向かうという悪循環に陥りつつあります。
さらに今回は、金利が上がらないことも、従来とは異なる大きな特徴と言えます。基本的に物価と金利のあいだには、「物価高=高金利」「物価安=低金利」という関係が成り立ちます。ところが日本ではこのところ、消費者にとっての物価上昇度を示す「消費者物価指数」が前年同月比で2%程度も上昇しているにもかかわらず、長期金利は年1.5%前後でほぼ横ばいに推移しているのです。
以前、このコラムでも説明しましたが、長期金利は企業や個人など、長期的な資金の借り手が増える(景気の拡大)と上昇し、逆に借り手が減る(景気の後退)と下落するというのが一般的です。現在、その長期金利が大きく上昇していないのは、企業や個人の景況感が悪く、設備投資や事業拡大、住宅購入などの資金需要が弱いことを意味します。
このように、今回の物価上昇は従来のインフレのパターンとは異なっており、この先、深刻なインフレにつながっていくのかどうか、現段階ではまだはっきりしません。たとえばいま、世界的に経済が減速に向かう国が増えてきています。そうした状況のなかで、エネルギー資源の価格が今後も長期的に上昇し続けるということは考えにくいため、日本はインフレには陥らないという意見もあります。
集団心理や将来不安が物価上昇を加速する?
余談になりますが、史上最悪のインフレがいつ、どこで起こったかご存知ですか。それは第2次世界大戦直後のハンガリーで発生したインフレで、1年間に物価が「1億倍×1億倍×1億倍」以上に上昇するという凄まじいものでした。どうしてこんなことが起こるのでしょうか。
物価高を招く基本的な要因としては、前述した「景気過熱」「高金利」に加えて「通貨供給量の増加」も挙げられます。しかし、最近の研究によると、これらはあくまでもインフレの契機になるものであり、インフレを加速させる要因は別にあることが明らかになってきました。それは人びとが過去の物価上昇を受けて、「今後も物価が上昇するはずだ」と予想する集団心理だと言われています。
同じようなことは、今年7月に史上最高値をつけた原油相場にも当てはまりそうです。原油価格がここまで高騰した本質的な理由は、供給不足でも投機マネーでもなく、「将来起こりそうなことが今日の価格に反映されたから」だという見方があります。つまり、将来的な供給不安の前倒しが価格高騰を加速させたというわけです。
こうした観点から見ると、日本で今後インフレが進行するかどうかは、日本国民の将来に対するイメージが少なからずカギを握っていると考えることもできます。これから自民党の総裁選および内閣の解散・総選挙を控えていますが、いまほど国民を安心させる政策の重要性が問われている時期もないのかも知れません。