シェールオイルの増産効果が顕在化した
原油の国際指標となる北海ブレント原油価格は、2011年から14年前半にかけておおむね1バレル=100~110ドルで推移していました。14年6月に過激派組織「イスラム国」(IS)がイラク第2の都市モスルを制圧した際には、115ドルという直近の高値まで上昇します。ところがその後は急速に下落基調を高めていき、15年11月11日現在では40ドル台と低迷が続いています。
原油価格がここまで下落した最大の要因は供給過剰であり、なかでも米国のシェール革命による影響が大きいといわれています。シェールオイルは他の在来型原油に比べて採掘コストが高いため、原油価格が下落する局面では減産に向かうと予測する声もありました。ところが実際には、技術革新や回収率の高い油井への集中稼働などを通じて採算ラインが下がったため生産調整は思ったほど進まず、シェールオイルの生産量は今年も増え続ける結果となっています。
実は原油市場における供給過剰の問題は今に始まったことではありません。米国の原油生産量は過去4年間で約1.7倍に増加しましたが、こうした米国の増産効果は数年間にわたって他国の供給混乱により打ち消されていたのです。
具体的には11年以降のリビア、シリア、イエメン、スーダンの内戦による原油生産量の減少や、核開発問題で米国が発動した経済制裁にともなうイランの輸出縮小などがそれにあたります。相当量の原油が市場から一時的に消えることによって、通常なら当然起こるはずの市場による価格調整が機能しませんでした。
その間、原油市場では供給過剰による価格下落への圧力が蓄積され続けていたわけですが、そこへさらに決定的な出来事が追い打ちをかけます。OPEC(石油輸出国機構)は14年11月の総会で、原油価格を維持するための減産は行わないという決断を下しました。
OPECの盟主であるサウジアラビアには、過去に原油の需給改善をめざして大幅な減産に踏み切った結果、ロシアなどOPEC以外の産油国に市場シェアを奪われたという苦い経験があります。加えて今回は価格下落をあえて容認することにより、米国のシェールオイルを採算割れや減産に追い込む狙いもあったようです。
しかし、前述したように米国は予想を上回るペースでシェールオイルの増産を進めました。OPECやロシアなどの在来型産油国も減産しなかったため、世界全体でみるとシェールオイルが増えた分だけ供給が積み上がった格好です。
エネルギー効率改善が石油需要を鈍化させる?
一方の需要面について、IEA(国際エネルギー機関)は「世界の石油需要は伸びてはいるものの、供給増のペースには追い付いていない」との見方を示しています。背景としてまず考えられるのが、中国の経済減速による資源需要の鈍化でしょう。
中国は03~13年に世界の石油需要増加分の45%を消費し、いわゆる市況商品の「スーパーサイクル」(長期的な価格上昇)をけん引しました。中国経済が本格的な減速局面に入るようならば、これまで中国の経済成長に依存してきた他の新興国における石油消費にも影響が及びかねません。
ただし、事はそれほど単純ではなさそうです。IEAのファティ・ビロル事務局長は中国におけるエネルギー需要の鈍化について、同国の経済減速以外に2つの要因があると指摘しています。一つはエネルギー効率の大幅な改善により、単位あたりの生産に必要な電力量が過去20年で8割低下したこと。もう一つが、太陽光など再生可能エネルギーの普及によるエネルギー源の多様化です。
同じような見解は一部の石油メジャー(国際石油資本)からも示されています。新興国において石油需要が今後伸びたとしても、先進国のエネルギー効率改善による需要減と相殺され続けるため、世界の石油需要はいずれ頭打ちになるという見立てです。その主因としては電気自動車や代替燃料の普及が挙げられています。
「石油時代の終焉(しゅうえん)」がすぐに訪れるとは考えにくいですが、世界の石油需要が伸び悩む背景として経済成長率の鈍化や景気後退という循環要因だけでなく、エネルギー政策などの構造要因が少なからず影響しているならば、原油価格の低迷は今後も意外と長引くかもしれません。
いわゆる波乱要素としては、原油安の長期化が地政学リスクを高めるという点に注意が必要です。中東の産油国では、歳入のほとんどを占める原油輸出収入によって社会保障費やエネルギー産業向けの補助金、軍事費などが賄われています。原油価格の低迷は諸費用の減少につながりますが、例えば社会保障費や補助金の削減は国内の不満分子による武力蜂起の可能性を高め、軍事費の削減はISなど過激派組織に勢力拡大の機会を与えます。
原油輸送の要衝であるホルムズ海峡が封鎖されるなど、原油供給へのより直接的な脅威が生じたり、それが想起されるような事態に陥った場合には、原油価格が急騰に転じても不思議ではありません。