1. いま聞きたいQ&A
Q

「シェール革命」について教えてください。(後編)

日本にとってはLNG調達コストの低減につながる

シェール革命によって、いま世界の資源流通に大きな変化が生じつつあります。例えばカタールやナイジェリアなど中東・北アフリカの天然ガス産出国では、米国向けの長期輸出契約を当て込んで、LNG(液化天然ガス)の生産設備を大幅に増強してきました。ところが米国でシェールガスの商業生産が拡大したため、その当ては見事に外れてしまいます。米国市場から締め出されたLNGは、主にスポット(随時取引)契約で欧州市場へ流れ込むこととなりました。

欧州諸国では従来、ロシアやノルウェーなどからパイプライン経由やLNGの形で天然ガスを輸入してきましたが、ここ数年はより割安な中東・北アフリカからの輸入を増やしています。欧州が取引の中心を中東・北アフリカ産のスポットLNGに切り替えたことは、世界最大の天然ガス産出国であるロシアを苦境に立たせる結果となりました。ロシアではこのところ、欧州各国において天然ガス輸出価格の引き下げを余儀なくされており、新たな輸出先として日本を含む東アジアへの売り込みを強めています。

こうした資源流通の変化は、日本にとっても大きな意味を持つものです。日本はもともとカタールなど中東から大量にLNGを輸入しており、世界最大のLNG輸入国です。2011年の東日本大震災にともなう原発事故の影響で火力発電の需要が高まり、2012年のLNG輸入量は前年比11%増の8,730万トンでした。原油なども合わせた電力用化石燃料の輸入額は、震災前に比べると年間で3兆円も増えており、貿易赤字の主因となっています

日本がLNGを輸入する場合、安定確保を主眼においた10~20年の長期契約がほとんどで、価格は原油に連動する方式が採用されています。経済産業省の試算によると、最近の日本のLNG輸入価格は、100万BTU(英国熱量単位)あたり16~18ドル。これは米国の3ドル程度という国内価格に比べて5倍以上も高い水準であり、欧州が中東や北アフリカから輸入する際の9~13ドルと比べても割高です。日本ではLNGの大口顧客である電力会社が燃料費の上昇分を電気料金に上乗せできることから、これまで取引先とシビアな交渉をしてこなかったため、足元を見られているという事情もあるようです。

そんな日本にとってまず魅力なのは、米国産の割安なガスを使ったLNGを米国から輸入することです。米国エネルギー省の依頼を受けて審査にあたった第三者機関では2012年12月に、LNGの輸出が米国の経済利益にかなうとする報告書を提出しました。米国政府は今春にも第1弾の輸出許可を出す予定で、早ければ2017年には米国から日本へのLNG輸出が始まる見込みです。

米国産LNGの安定調達が実現すれば、液化や輸送のコストを含めても現在の輸入価格に比べて3割程度安く済むことになり、電力料金の抑制や貿易収支の改善が期待されます。また、ロシアなど新規の取引先はもちろん、中東など既存の取引先に対しても長期契約における値決めの見直しを迫るなど、日本がLNGの「価格交渉カード」を持てるようになることの意義も大きいでしょう。

米国は中東などの地政学リスクと今後どう向き合うのか?

シェール革命によって米国が石油と天然ガスの自給自足に近づくと、米国にとってエネルギー安全保障の観点から見た中東の存在感は薄れることになります。米国内では、これまで大きな軍事的・経済的負担と人的犠牲を払って関与してきた中東政策を見直すべきとの声が高まっています。一方で、対外依存度の低下によって余裕を得た米国が、サウジアラビアなど湾岸王政国家への支援やイスラエルの安全保障への協力など、中東政策の再強化に向かうのではないかという見方もあります。

石油と天然ガスの輸入量が急増する中国やインドなどのアジア諸国では、今後もその大部分を中東および北アフリカに依存することになりそうです。なかでも中国は、石油の輸入依存度が2010年の52%から35年には82%に、天然ガスについては同じく14%から41%に急増する見込みです。シェール革命に沸く米国の思惑がどうであれ、世界の石油・天然ガス供給基地として、中東・北アフリカ地域の重要性が今後も揺るがないことは確かでしょう。

2010年末に始まった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動以降、中東・北アフリカ諸国では政治的・社会的混乱が相次いでいます。アラブ・イスラエル紛争はもちろん、イランの核開発問題やイスラム過激派のテロ行為など、エネルギー供給をめぐるリスクは高まる一方です。今後の成り行き次第では、例えば原油価格が長期的に高止まりするなど、シェール革命が国際的な資源価格の低下に反映されないケースも出てくるかもしれません

シェールガス・オイルという新たなアドバンテージを手にした米国は、国際的な経済・社会秩序の安定に向けて、中東などの地政学リスクに対して担うべき役割と責任を改めて問われることになりそうです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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