1. 金融そもそも講座

第117回「ボラティリティの低下について PART1」VIX指数 / 市場は“euphoric”か?

世界的に株価が高値を追う中でも「ボラティリティが下がり続けている」ことが大きな話題になっている。過去の例を見ると相場上昇とともに「高値警戒感」が高まって時に大きく調整(下落)するのが普通だから、「安定的に右肩上がり」(特にニューヨーク市場)というのはあまり例がない。だから、なぜなのかという議論が高まっているのだ。こうした状況、つまり低ボラティリティの中での相場上昇の下では、「相場の先行きに対する慢心」が生まれやすい。それを一部当局も心配し始めているのだ。マーケットにおける今のボラティリティ低下をどう考えればよいのか。二回にわたって取り上げる。

ボラティリティとは

そもそもボラティリティ(volatility)とは何か。辞書を引くとvolatile(移り気、不安定、気まぐれ)の名詞形だと分かる。これを相場用語として考えてみると変動しやすさ、相場の不安定さを示すものだといえる。そこから金融の世界では、資産価格の変動の激しさ、つまり「変動率」を表す尺度と考えられている。

ボラティリティは日中でも、対前日引値比でもよく使われる言葉だ。「ボラティリティが高い」と言えば変化の激しい相場を指し、「ボラ(マーケットで使われる短縮語)が低い」と言えば静かななぎの市場を指す。今の市場では「全体的にボラティリティが低いな」と実感することが多い。例えばドル・円相場は2014年の春から夏にかけてずっと101円とか102円台を続けて、ほとんど動く気配を示していない。

ニューヨークなど高値追いを続けている株式市場も、実は低ボラティリティ状態といえる。ニューヨークの市況記事などを読んでいると、「S&P 500指数はこれで45日間も上下1%の変動幅の中での動きとなって、これは1995年以来の長さだ」といった文章が6月末や7月初めにはよく出てきた。「○日間」というのは時間の経過の中で増えるが、いずれにせよ過去の歴史を見てもあまり例のない静かなマーケットが出現していることになる。そうでいながら相場は高値更新を続けているのだ。

となると投資家は「下がる心配はいらないし、新値も更新している。だったら投資しよう」という気分になる。場合によっては懐具合を逸脱した、楽観論に基づく過剰な投資に出てしまう危険性があるのだ。そこで思い出すのはこのコーナーでも取り上げたことがある「強気相場は絶望の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観により熟し、陶酔のうちに終わる」というウォール街に古くから伝わる格言(ローレン・レンプルトンの言葉とされる)である。つまり実は今が陶酔状態なのではないかとの懸念だ。

VIX指数

ボラティリティは取引の対象にもなっている。読者は「VIX指数」という言葉を見聞きしたことがあると思う。これは90年1月にシカゴオプション取引所がつくった「ボラティリティ・インデックス」の略称だ。VIX指数は、ニューヨーク株式市場の代表的株価指数の一つであるS&P 500を対象とするオプション取引(期間1年)の値動きを基に算出される。特徴は株式相場が下落して投資家の警戒感が高まると数値が上がり、上昇相場では価格が横ばいまたは下落する傾向にあること。そのためVIX指数は「恐怖指数」とも呼ばれる。

この指数の最近の動きをチャートで見ると、14年に入って一貫して下がっていることが分かる。それは極めて例外的なことである。通常は上がったり下がったりを繰り返す。株だけではない。為替の事は触れたが、14年前半という期間を見ると、商品相場も非常に安定していたし、債券相場の裏側として存在する長期金利も世界的に安定した推移となっている。

なぜそうなのかに関しては次回に取り上げるが、こうした相場の安定した上昇傾向は当局の関心(懸念)を呼んでいる。投資家の過度な投資につながり、それが将来のマーケットに大きな変動を呼び、世界経済の混乱要因になるのではないか、と心配しているのである。例えば中銀の中銀たるBIS(国際決済銀行)は6月末に今のマーケットに警鐘を鳴らす報告書を発表した。その報告書に関する世界の新聞の見出しを拾うと以下のようになっていた。

「Global Markets' Strength Doesn't Reflect Economic Outlook, Central Banks Say」(ウォール・ストリート・ジャーナル)
「BIS warns over ‘euphoric’ markets」(フィナンシャル・タイムズ)

見出しを取り上げたのは表現が端的だからだが、前者は「世界市場の株価堅調は、経済見通しを反映したものではない」、つまり楽観しすぎだと警告している。後者の見出しはもっと端的に「BIS、恍惚(こうこつ)的な株式市場に警告」と訳せる。

市場は“euphoric”か?

確かに戦後の世界を見ると、BISが使う単語(euphoric)通りのマーケットが今出現しているとしたら、それは長続きしない。その後のマーケットの崩壊とそれに伴う世界経済の動揺が待ち構えているとも見える。日本の80年代後半のバブル期の株高とその崩壊、リーマンショック前の米国市場の高揚とその後の崩壊、それに伴う世界経済の動揺。今でも我々は鮮明に覚えている。もし今のマーケットの低ボラティリティ、(特にニューヨークの)静かなる高値更新が将来の世界経済の混乱の火種になるとしたら、それは避けるべきだろう。

当局や一部マーケット関係者の心配には、十分な理由がある。マーケットの内部要因から見ると、市場参加者は動かないマーケットでももうけることが至上命題なので、オプション(買う権利、売る権利)を売ることをかなり大規模にやる。それは「相場はどうせ動かないのだから」という判断に基づく。オプションを売ればそれは足元で収益になるから、相場が動かないときには合理的な取引形態だ。しかしそうした売られたオプションが多いと、買い手は相場変動を望むので、何かのきっかけで大きな変動期に移行する危険性が高まる。

何よりも心配されるのは、「分を越えた投資のまん延」だ。「株はもうかるから手がけるのが当然」といった雰囲気に世情がなれば、自分の投資余力を越えて、借金してまで株を買う人が出てくる。上がっているうちはよいが、いったん反転すると、それで投資家は大きな損害を被る。あちこちで経済の歯車が狂い、企業が倒産したり経済がうまく回らなくなる。経済活動の鈍化、消費の減退、企業活動の低下、雇用の減少などの悪循環になる。過去に我々が何回も見てきたことだ。しかし、今回はそうでもないかもしれない。

今の低ボラティリティ下の世界的な株高はなぜ起きているのか、歴史的に見ればどのような経緯なのか、そして今後をどう展望すればよいのか。それはPART2で解説する。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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