1. 金融そもそも講座

第126回「各国経済の強さと弱さ PART3(米国編)」依然人口が増える国 / 「最後はこの国が頼れる」という安心感

前回は番外編(日米の中央銀行の動き)を入れたが、再び「今、米国経済がなぜ“抜け出し”の状態にあるのか」という発想から、引き続きこの新しい国の経済・企業の強さに言及していきたい。本論に入る前に、「米国の抜け出し」は2014年11月7日に発表された日本のGDP統計で一段と鮮明になった。消費税の引き上げがあった4-6月期は大幅なマイナス成長になったが、「日本の7-9月は大きなプラス。大幅でなくともプラス成長は確保」との大方の予想を完全に裏切る年率マイナス1.6%。定義として日本はリセッション(2四半期連続のマイナス成長)となった。ドイツ、フランス、イタリアなど欧州の中核国がリセッションか、それへのニアミス状態にあるのに加えての日本の“リセッション”。米国の抜け出しは鮮明だ。

依然人口が増える国

米国は主要先進国の中で「人口が今後も力強く増え続ける」と考えられる唯一の国である。当然ながら人口動態は経済活動の水準に大きな影響を与える。戦後の日本の人口は7300万人がスタートだ。それが1億3000万人近くまで増えたからこその高度成長だった。人が増えることは、必要となる衣類、食料、住宅、車などがより多く必要だし、実際に売れる。

現在3億2000万人程度の米国の人口は、国連などの予測によると2100年には4億6000万人を超えるとみられている。予測では米国の人口はこの間も「一貫して増える」とされる。それには二つの背景がある。合法・非合法の移民の存在と先進国の中では非常に高い出生率だ。移民は毎年合計(合法・非合法)で250万人ほどに達するのではないかとみられている。米国はメキシコとの長い国境線を持ち、そこに中南米から移住希望者が殺到していることはよく報じられる。250万人といえば、日本の1947年から49年までのベビーブーム期における年間出生者数に等しい。

次に先進国の中では非常に高い出生率だ。いろいろな統計があるが、人口が急増しているヒスパニック系の「合計特殊出生率」(一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数)は「2.7を超える」との統計もあるし、白人女性に限っても「1.8に近い」と見られている。日本のそれは1.43だ。

世界を見ると「柔軟な社会」か「優しい社会」で出生率が高い。後者の代表は北欧社会だ。社会制度が充実しており、女性一人でも安心して子供を産める。対して前者の「柔軟な社会」の代表選手が米国だ。スキルや経験があれば、転職や復職がすぐにできる。そのことは今回のシリーズの最初の方で取り上げた。IBMを含めて女性トップが米国では多いが、問われるのはその時の“能力”である。最近はあまり話題に乗らなくなったが、一時は最初の女性大統領かといわれたサラ・ペイリン元アラスカ州知事は5人の子供の母親。日本で「5人の子供の母親」が知事になるのは至難の業だ。世界を見ると、「柔軟」でも「優しく」もない中途半端な社会では出生率が低い。

優秀なトップ

中国とはまた違った意味で、米国は厳格な法体系の中での「人治の国」である。例えば大統領が代わるとワシントンの役人の最低三分の一(大部分はよりトップに近い層)は入れ替わるといわれる。日本では首相が代わっても入れ替わる役人は数人なのと全く違う。企業でも同じで、米国の企業に転職した人が再び会社を変わるときによく聞く理由は、「ボスが代わったから」だった。つまり米国ではボス次第で人事が変わる。ということは政策も変わる。

重要なのは、そのトップに立つボスが総じて「極めて優秀」だということだ。優秀でありさえすれば、出生を問わない。例えば今のマイクロソフトのナデラCEOはインド中南部のハイデラバード生まれのインド系だ。飛び抜けた優秀さがなければ、外国生まれの人が米国の大企業のトップにはなれない。日本のケースで考えてもそうだ。私もいろいろな人にインタビューしてきたが、米国のトップの人はどの分野でも飛び抜けて優秀だった。それは多くの人が認める。実力主義の米国では、優秀でなければトップになれない。トップが代われば、その下の幹部がかなり入れ替わる。

むろん優秀にもいろいろな意味があり、時には失敗もする。しかし次にはまた優秀なトップが出てくる。日本のように「積み上げ」「みこし乗り」型のトップはほぼいない。仕組みとして両方にメリット、デメリットがあるが、今のような基幹技術が入れ替わる(アナログ→デジタル)変化の激しい世界では、優秀なトップが入れ替わり出てくる米国のような社会システムが優れていると思える。

「最後はこの国が頼れる」という安心感

続発する銃の乱射事件などを見ていると「米国は病んでいる」と思うし、事実そういう面はある。戦後の絶対的存在から国力は相対的に落ちて、今はロシア、中国、そしてイスラム国など世界中から「挑戦される存在」になってしまった。オバマ大統領の評価も低い。しかし世界中の人から「米国はこの点では大丈夫だろう」と思われて安心感をもたれていることがある。それは世界中の他の国が革命や大騒動発生でダメになっても「米国は最後まで資本の移動、人の移動を含めて“自由”を守るだろう」「米国は資本主義のメッカ」と世界中の人が考えているということだ。

このイメージには重大な経済的効果がある。大金を横領して海外に逃げる中国の高官は後を絶たないが、その行き先は主に米国、次いでカナダなどだといわれる。つまりあれやこれやの資金が米国には集まるのだ。加えてナチスに追われたアインシュタインなど優秀な科学者が米国に移ったように、人も集まる。中国でもよく嘆きが聞こえる。中国に住む中国人はノーベル賞が取れないが、米国に移住した中国人は賞をもらう、と。日本人のノーベル賞受賞者にも今回の中村教授のように米国に国籍を移した人がいる。

ということは資本と人、それにその人が持っている技術、ノウハウも米国に入ってくるということだ。既に米国のIT産業のかなりの部分はインド人によって担われている。企業のトップもそうだが、IT産業のそれ以外の部分でもインド人、イスラエル出身者が担っている部分は大きい。

近年見られる面白い現象を一つ。マンハッタンの不動産だ。全米で不動産不況が吹き荒れたときでも、この小さな島のビルの不動産はかなりの高値を保った。そして今は再び高い値段が付いている。なぜか。米国の金融の中心地であるこの島には、「世界中から資本が集まる」からだ。アラブの王様から中国のお金持ちまで。彼らは考える。「57丁目とマディソンのあの隅っこのビルはうちのだよ」と言えたらとっても格好いいし、「資本主義のメッカ」に買っておけば安心だと。

世界中からヒト、モノ、カネを集められる米国が持つ「資本主義のメッカ」というイメージは、この国にとって大きなメリットとなっている。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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