1. 金融そもそも講座

第125回「日銀、世界の市場を駆動」

米国経済がなぜ世界の先進国の中でも“抜け出し”の状態にあるのか、という疑問を出発点に「各国経済の強さと弱さ」を連載中だが、10月末にマーケットを大きく変動させる日米中央銀行の動きがあったので、今回はこの問題を取り上げる。むろんこの問題は「米国の抜け出し」にも、その前に連載した「出口戦略」(第119回~122回)にも関係しており、日米の中銀が打ち出した措置の対照性も非常に興味深い。

対照的だった日米中銀の措置

読者がこの文章を読むのは少し先(11月の第2週)になるだろうが、世界の二大先進国中銀が打ち出した措置(FRBによるQE3の終了宣言と、日銀の追加的で大規模な質的・量的緩和策)が10月末から11月初めのマーケットに与えたインパクトの強烈さは、しっかり記しておく必要があると思う。具体的に言えば、日本を筆頭とする世界中の株価は一日に5%近い“急騰”となり、ニューヨークのいくつかの株価指標は史上最高値まで伸びた。外国為替市場では米ドルが急騰する一方で、日本円がドル以外の通貨に対しても急落して、筆者の記憶にもあまりないような円の全面急落場面を演じた。

両方のマーケットを動かしたのは、「FRBの強気」と「(本音のところでの)日銀の弱気」である。矛盾するようだが、日銀は弱気故に強烈な追加措置を発動し、その発表のタイミングと相まって世界中の株式相場を押し上げた。具体的に日銀が取った措置は以下だ。

  • 1. マネタリーベース増加額の拡大。マネタリーベースが年間約80兆円(約10~20兆円追加)に相当するペースで増加するよう金融市場調節を行う
  • 2. 資産買入れ額の拡大および長期国債買入れの平均残存年限の長期化

「2」の措置の中には「長期国債について、保有残高が年間約80兆円(約30兆円追加)に相当するペースで増加するよう買入れを行う。ただし、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、金融市場の状況に応じて柔軟に運営する。買入れの平均残存期間を7年~10年程度に延長する(最大3年程度延長)」(声明文)と、もう一つ「ETFおよびJ-REITについて、保有残高がそれぞれ年間約3兆円(3倍増)、年間約900億円(3倍増)に相当するペースで増加するよう買入れを行う。新たにJPX日経400に連動するETFを買入れの対象に加える」(同)という内容が入っている。年間のマーケット営業日(240日強)で割っても相当な規模だ。

「弱気」と「強気」

繰り返すが、重要なのはこの日銀の「追加的で大規模な質的・量的緩和策」が日銀の先行きに対する弱気から出たものだ、ということだ。声明文は今回の措置を取った理由として、「短期的とはいえ、現在の物価下押し圧力が残存する場合、これまで着実に進んできたデフレマインドの転換が遅延するリスクがある。日本銀行としては、こうしたリスクの顕現化を未然に防ぎ、好転している期待形成のモメンタムを維持するため」と指摘。ここに黒田総裁率いる今の日銀主流派の懸念を見て取れる。その懸念とは以下の通りだ。

  • 1. 今のまま(デフレマインドの転換遅延)では、せっかく退治に着手したデフレマインドが再び日本経済に取りついて、これまでの日銀の思い切った政策が台無しになってしまう
  • 2. 「景気は良くない」との印象がこれ以上広がれば、国際公約であり日銀としてもコミット状態にある消費税の再引き上げ機運がしぼみ、日銀が大量に保有する日本国債への信認低下につながる

これはまた、消費税の追加引き上げに関して「先送り論」を強めている安倍政権への援護射撃(良くいえば)であると同時に、日和見に対する警告(悪くいえば)ともみて取れる。むろん「2%の物価上昇率達成」という黒田日銀の国民および政府に対する約束があり、しかもその可否には副総裁一人のクビがかかっている。つまり「黒田日銀のレーゾンデートル」に関わる問題もあったといえる。日銀が打ち出した措置は果敢であり、それ故にマーケットは大きく動いたが、その措置の最大の誘因は先行きに対する弱気だったといえる。

フォローが重要

対してFRBが打ち出したQE3の打ち切りは、「雇用」というとても重要なポイントでのFOMC(FRBの政策決定機関)の「強気」を反映している。FOMCは反対者(ミネアポリス連銀のコチャラコタ総裁)を一人出しながらも、9-1という圧倒的多数で今まで世界の資産市場を支えてきた量的金融緩和(QE3)の終了を決めた。

決め手になったのは「労働市場の改善」(9月に失業率が6%を切った)だった。FOMCの声明は「労働市場を巡る状況はさらに幾分改善し、着実な職の増加と失業率の低下が見られる。一連の労働市場関連指標を全体的に見ると、労働資源の未利用は徐々に減少してきている」とした。これまでの声明が「失業率はほとんど動かず、労働資源の大幅な未利用が存在する」となっていたことを考えれば、慎重な見方を劇的に強気に変えたといえる。筆者はこの文章を読んで「FRBは雇用問題に対する立ち位置を変えた」とまで思った。

実はこのFRBの強気は、ドルを強くはしただろうが、世界の株式相場を不安定にする可能性があった。「出口」に足を踏み入れてその次の「利上げ」を想起させるからだ。しかしそのリスクは約10時間後の日銀の「追加的で大規模な質的・量的緩和策」により“確信的”に「資産としての株買い」に転換した。日本の中央銀行が「弱気」、米国のそれが「強気」と対照的でありながら、その取った措置が相まって「株高・円安」が現出されるという非常に珍しい展開だった。

自らの歴史的決断(QE3打ち切り)の後、約10時間後に日銀の新たな緩和措置を聞き、株式相場が世界的に大幅に上昇したことを知ったイエレンFRB議長がどのような気分になったか、想像するに実に興味深い。相当に複雑な気持ちだったのではないか。株価的に見れば、日銀の措置がFRBの決定を「オーバーライド」(上書き)した形となった。

今後の課題は、むろんのこと「今の円安・株高相場」の持続性だ。読者がこの文章を読む時点でも結果は出ていないだろうから、いくつかのポイントを指摘しておく。一番重要なのは、実体経済がどう動くかという点だ。円安になり株価が上がっても、景気が良くなって企業の業績が上がらなければ日本株のPERが上がるだけで、マーケットの足下がおぼつかなくなる。第二は、GDPの約6割を占める個人消費がどうなるのか。さらなる株高・円安でもこの日本経済の大宗が動かなければ、「政策効果は薄かった」ということになりかねない。ということは、安倍政権の政策的フォローが重要だということだ。

今回の日銀の措置は「賛成5、反対4」で決まった。一人の委員が反対に回れば日の目を見なかった措置ということだ。日銀は株高や円安が日本経済にもたらす迂回経路での「浮揚効果」に期待している。しかし迂回経路(例えば「株が上がる」→「消費が増える」→「生産が増える」→それによって「雇用が増えて」→「一般国民の所得が増えて」→「また消費が増える」)のいくつかの場所で「経路狭隘(きょうあい)」の問題が生じていることは明らかだ。日本経済の浮揚、そして政府・日銀の政策目標の達成のためには最後は消費者である国民が“踊り”に参加する必要がある。それができるだろうか。

驚きという点では昨年春の当初措置に負けない効果はあったが、手法は同じであり、それを大規模に拡大したものともいえる。その「二番煎じ的側面」を消せるのは、政策と企業努力以外にない。日銀の打ち出した措置は強烈であり、円安・株高のマーケット基調はしばらく続く。その間に何ができるかがポイントだ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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