1. 金融そもそも講座

第127回「各国経済の強さと弱さ PART4(米国編)」美意識の違い / 故障して当然? / 乗り越えに成功

これまで3回にわたって「米国の強さ」を解説してきた。世界を左右する大国であるにもかかわらず、現職大統領が任期後半には必ず国民の不人気にさらされて指導力を落とす。さらに社会的にも銃撃事件が続発する。しかし経済の観点から見ると“強み”が多いことが分かった。株もドルも強い。主な言語が国際語の地位を固める英語であることや、横並びではなく“個性”を重んじる教育システムなども米国の強みといえる。しかし米国経済がいつも強いわけではない。戦後のかなりの部分において日本経済は米国経済を脅かした。だからこそ日米間には数多い貿易摩擦が生じたのである。では何が米国の“弱み”か。

美意識の違い

筆者の体験からすると、一つはその“アバウトさ”である。それは米国に住む日本人がしばしば感じる。例えばホテルや飛行機の予約でも、製品の仕上げでも、実に様々な所でそうなのだ。生産現場でもしばしば見られる。何回も書いているが筆者は70年代の後半に4年間ニューヨークで暮らした。日米貿易摩擦が高まり始めた頃で、「なぜ摩擦が生じるのか」「なぜ米国で日本の製品がMade in Americaに勝ち、売れるのか」はかなり重要な関心項目として取材したし考えた。

製品についての米国のアバウトさは、今も依然として車などに残っているが、70年代はもっと顕著だった。筆者が買ったGMの新車の窓枠のライニングは曲がっていた。日本人にはそれが気になる。しかしディーラーに言ったら、「走りには関係ない」と言う。それはそうだが、日本人の筆者には気になる。一つの例だが、米国製品を日本人が買うといつも気がつくのは「どこかがさつな仕上がり」とか「音がでかい」などの問題点だ。米国人の中にもそれを気にする人がいた。だから車にしろ家電(その当時はテレビ)にしろ日本製が売れた。

後で分かったことだが米国製品が微妙にアバウトなのは、一つに考え方の違いがある。日本でなぜ米国車が売れないかに関して米国出身のエコノミストと議論していたときだ。ドイツ車がこれでもかと数多く走っている日本で、米国車はほとんどと言ってよいほど売れない。米国はそれを怒る。筆者が米国での経験から「米国車は製品に対する美意識の面では、日本人の期待値を下回る」と言ったら、「美意識を満足させるために車が一台数十万円高くなるくらいなら、米国人はきっちり走りさえすればそれで満足する」と言ったのだ。

故障して当然?

その考え方は故障の頻度にも通じる。例えば「トヨタは故障しにくい」という評価が米国でもあり、それで売れている面がある。一方で、「米国車は故障が多い」という一般的評価がある。これに関しても一部の米国人は「車はたまに故障するのが当然」と考える。そのために一台当たりの値段が数十万円上がるのなら、「それは不要なことだ」と考える。

日本では、ドイツ車に対して米国車のシェアが一向に上がらないのは、米国のメーカーが日本人の美意識に合わせる努力をほとんどしないことだと思う。ドイツ車がこれだけ売れているのに「日本は外国の車に高い障壁を設けている」と米国の議員までが言い放つ。最後には「これだけ買え」と無茶な要求をする。米国も頑固なのだ。車は代表例だが、やはり米国のモノづくりには日本や欧州の人々が製品に対して持つ美意識と違うところがあると筆者は思う。

もっとも、世界を広く見ると米国の車も結構売れている。だから米国的な考え方に基づいてできた製品に対する需要はある、といえる。大きなくくりで言うと、大きな大陸に住む大国の消費者は、米国的な考え方に賛同する人が多いような気がする。米国人は「大きい車が好き」とよく言う。ガソリンが高くなると仕方なく燃費とか言い出すが、安くなるとすぐに忘れて大きい車を買う。

しかし米国にも日本的、そしてあえて言えばドイツ的製品への美意識を共有する人たち、それに「故障しないから」という理由で日本製を買う人々がいる。善しあしの問題ではなく、これは考え方の違いだ。しかし筆者の印象からすれば消費者が口うるさくなればなるほど米国製品につきまとうアバウトさは、やはりなくなってほしいモノと映る。つまり消費者にとっては買わない理由になる。米国車は日本でその壁にぶつかっているのだと思う。だから全体的には米国の製造業はまだ道半ばなのではないか。それはある意味文化の問題だから、乗り越えるのはかなり難しい。

乗り越えに成功

むろん、アバウトな一線を乗り越えた製品は米国企業にもある。その一つの代表例はアップルの iPhoneだ。PCのMacもそうだといえるかもしれない。実に美しいフォルムをしているし、つくりもしっかりしている。世界中の口うるさい消費者が手にしてもあまり不満は出ない。むしろ誰もが持ちたい製品になって、世界中で盗難が起きている。どこでもすぐに転売が可能だからだ。そんな米国製品はあまりない。

なぜかと言えば、アップルをつくったスティーブ・ジョブズという人物がソニーの創業者である井深氏や盛田氏に憧れ、ソニーを越える製品を目指したことにあると思う。つまり彼の理想、哲学を厳格に貫徹させた製品がアップルの諸製品であり、であるが故に世界中から支持されているのだと思う。

しかし依然として多くの米国製品は“米国的アバウト”の世界から抜け出ていない。だから米国が今強いのは製品(iPhoneやボーイングを除く)以外の、以前にはなかったソフト分野(IT、バイオなど)だ。それは米国での創業が日欧よりも容易で、企業組織そのものが柔軟であるからだと思う。「変化に強い」「新しい技術を容易に取り入れる」システムが今の米国の強さの基盤だ。

米国にも精緻なものはたくさんある。NASAの宇宙航空技術は素晴らしいし、防衛システムも他国は真似できない。しかし誇張かもしれないが、どこかアバウトな米国はこれからの米国にとっての弱みになると思う。世界の消費者の要求水準は上がっており、アバウトを越えるものを欲するようになると思うからだ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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