1. 金融そもそも講座

第124回「各国経済の強さと弱さ PART2(米国編)」iPhoneが日本の経済政策を左右? / 次を見つける素早さ

「今米国経済がなぜ“抜け出し”の状態にあるのか」という発想から、引き続きこの国の経済・企業の強さに言及していきたい。前回は「変化への受容性が高い」「米国の会社は5年もたつと人がすっかり入れ替わる」「だから新しい会社に優秀な人が集まる仕組みがある」など米国の特徴を取り上げた。今回はその続きで、むろん“強みは弱み”でもあるのだが、今は米国が基幹技術の変化の激しい“時代”にはまっているという話だ。

iPhoneが日本の経済政策を左右?

PART1で指摘した上記の点との関連でまず書いておきたいのは、「米国が簡単に産業を捨てる国だ」ということだ。これは日本とは好対照で、どちらがよいともいえない。しかし今の米国があるのは、「海外に競争相手も出てきたし、この国では対処が難しい」と考えた産業を捨ててきた成果だと筆者は思う。

ちょっと横道にそれるが、前回iPhone6や同plusの販売が日本では非常に好調だという話を少し書いた。「それはそうだろう」という以上に、このことが日本の今後の経済政策にも影響を及ぼすかもしれないのだ。「iPhoneごときが」と思われる方もいるかもしれないが、このところ毎年日本の9月の貿易収支は大きく悪化する。日本の貿易収支の赤字基調は、むろん原発が全部止まったことに伴って液化天然ガス(LNG)などのエネルギー輸入が高水準で続いていることが原因だ。

ではなぜ9月に日本の貿易収支の赤字が膨らむかといえば、実はiPhoneが毎年その月に新製品を発売するからだ。筆者もそうだがアップル好きはほぼ毎年飛びつく。それが日本の貿易赤字をいつもの月より増加させるのだ。考えてみればスマホはギガ数の大きいものを買うと今は10万円近くする。それが日本で“飛ぶように売れる”のだから、日本の貿易収支(統計上はiPhoneを工場生産している中国に対して)の赤字が増えるのは自然だろう。

ではなぜそれが日本の経済政策に影響するかというと、貿易赤字の増大は日本の経済成長率(GDPの伸び率)を押し下げるからだ。GDP統計にとって「輸入増はマイナス要因」だ。仮にアップルのiPhone輸入急増で7-9月期のGDPの伸びが低かったら、政府が意図している来年の消費税のさらなる引き上げは難しくなる。これは日本にとって大きな問題だ。

産業を捨てられる国

ではなぜ米国のスマホが日本の貿易収支の数字を動かすほど大きな存在になったのか。むろんスティーブ・ジョブズという天才の存在は大きい。彼だからこそiPhone は世に出せたと思う。しかし筆者は「競争力のなくなった産業を捨てて、すぐに次を考える」という米国経済、企業のメリットが遺憾なく発揮された例だと思っている。では、米国は何を捨てたのか。テレビである。筆者がニューヨークに駐在していたときに、「ソニーのテレビはいいね」と多くの米国人が言っていた頃に、既に米国の産業界はテレビを捨てた。つくらなくなったのである。

その分、米国企業はデジタル技術が使える分野、変化の激しい分野に次々に進出した。逆に日本はテレビを大切にし、最後まで家電メーカーは事業の中心にテレビを据え続けた。そしてそのテレビで大こけしたからこそ、今の日本の家電メーカーの苦境がある。日本企業はテレビという製品の範囲の中でデジタル技術を使おうとした。しかし米国はデジタル技術という新しい技術の中からスマホをつくり出した、と筆者は思っている。

実は「産業(例えばテレビ)を捨てる」ということは並大抵のことではない。成功したことがあるならなおさらだ。会社の中にはそれに携わってきた従業員がおり、その分野で偉くなった役員がいる。予算も持っているし、設備投資も行われている。工場も数多くある。つまり企業の中には「それに関わるシステム」「一種の堅固なムラ」ができるわけだ。日本の会社では、「○○部門出身」とよくいわれる。日本の家電メーカーでは「テレビ出身」が今でも多いが、日本の家電メーカーの足を引っ張った筆頭がこのテレビだった。アップルもテレビに関連した製品をつくっている。アップルTVというやつだ。しかしそれはいってみればボックスで、アップル製のPCやスマホ、iTunes Store と連動して映像や音楽をテレビ受像器に送るだけの存在だ。将来は分からないが、アップルはテレビ受像器には手を出していない。

そのテレビはコモディティ化して、この10年ほどに激烈な値下がりとなった。1インチ1万円から1インチ1000円以下へ。今では40インチの液晶TVは付属品を付けなければ手の中に入るスマホより安いくらいだ。「テレビへのこだわり」が日本の家電メーカーを窮地に追い込んだ。だから最近、テレビからの撤退を決めた会社から回復が始まっている。その例は日立だろう。同社は既にテレビをOEMで販売しかしていない。

次を見つける素早さ

実はラジオもそうだが、テレビ受像器産業を育てたのは米国だ。1960年代から70年代にかけてだ。米国では一大産業だった。しかし筆者が米国にいた頃(1976~80年)から米国の同産業は徐々に追い込まれていく。日本のソニーや松下(当時)が高性能・低価格でどしどしテレビの輸出を開始したからだ。米国人も日本製品が優秀なことを認めていた。80年代だが、米国企業の中に盛んに日本のテレビメーカーを訴えた会社もあった。

しかししばらくして米国はテレビという産業を捨てた。「他の方をやるのが賢明」と判断したのだ。筆者は米国が丸ごとテレビという産業を捨てたから次の産業(IT関連)を生む原動力が生まれたと思っている。前回述べたように米国の会社は5年もすれば人も入れ替わるので、変身も楽だ。しかし日本は徹底的にこだわる。今も日本の家電メーカーの半分はテレビへのこだわりを捨てずに「3D、4K、8K」とやっている。相も変わらず資本と人材と技術がその分野に注がれている。

「こだわる」ことは必ずしも悪いことではない。そこから何か生まれることもある。しかし「こだわり過ぎる」会社は苦難の時期を過ごさねばならないだろう。なぜなら技術も競争条件も変わるからだ。時には行き詰まりも出てくる。筆者は「賢明な会社は捨てる。そして新しい事業を見つける」と思っている。GEは福島第一原発をつくった原発メーカーだったが、90年代にはそれをとっくに捨てた。今は医療機器を柱に据える会社だ。日本で見事な変身を見せたのは富士フイルムだろう。米国のコダックが破綻したのに、富士フイルムは化粧品・医療、さらには最近はエボラ出血熱の治療薬の分野でも注目されている。

だから日本にも「捨てることができる会社」はある。しかし米国は社会全体が「産業を捨てる」ことをためらわない。それが新しい産業を育てている。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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