1. いま聞きたいQ&A
Q

今日の市場経済が抱える問題点について教えてください。

お金を貸す側にも規律が求められる?

最近よく耳にする言葉のひとつに、欧米など先進国経済の「日本化」があります。その内容は、主に以下のようなものです。

  • ● バブルの崩壊によって資産価格の下落と信用収縮が続く
  • ● 銀行、企業、家計のいずれもが、いわゆる「バランスシート調整」を余儀なくされる
  • ● 需要不足からデフレが進行し、経済が縮小に向かう(経済成長率が低迷する)
  • ● 景気刺激と信用リスクの肩代わりのため、政府が大規模な財政出動を行い、国家財政が累積的に悪化する
  • ● 金融緩和の効果が薄れ、緩和状態が長引く
  • ● 結果として長期的な景気停滞や経済不振に陥る

欧米で急速に日本化が進んだ背景には、経済のグローバル化や政治の迷走、社会の高齢化など、さまざまな要因が絡んでいると考えられます。しかし元をただせば、本家の日本と同様に、バブル崩壊が最大の要因であることは明らかでしょう。欧州ではユーロ圏に加入した南欧諸国がユーロ・バブルを通じて国債などの債務を膨らませ、米国では家計が住宅バブルを通じてサブプライムローンという借金を増やし、それぞれ返せなくなったことがそもそもの始まりです。

バブルの発生と崩壊が繰り返される背景にも、さまざまな要因が考えられますが、なかでも特に注目したいのが市場参加者の規律やガバナンス(統治)の問題です。例えば前回紹介したギリシャの財政危機について、このところ興味深い議論が交わされています。

ギリシャ問題をイソップ物語の「アリとキリギリス」に例えると、ギリシャが夏に遊んでいたキリギリスで、ドイツが一生懸命働いていたアリということになります。物語の教訓でいうならば、さぼっていたキリギリス(ギリシャ)がとにかく悪いわけですが、当のギリシャ国民や市場関係者の間には、「本当にギリシャだけが悪いのか」という疑問の声も少なくありません。

1999年の単一通貨ユーロ誕生にあたって、ギリシャは財政規律や物価抑制の基準を満たすことができず、当時のEU(欧州連合)加盟15カ国のなかで唯一、通貨統合に乗り遅れました。緊縮財政で財政赤字の基準をクリアし、2年遅れでユーロに加わることになりますが、実はその時点からすでにギリシャ財政の放漫さや粉飾疑惑は指摘されていました

そんなギリシャに対して、フランスなど欧州の大手銀行は自らの利益を追求するため、こぞって大量の資金を貸し込みます。ギリシャは借金に借金を重ねてドイツなどの工業製品を大量に買い込み、結果としてドイツ経済は潤うことになりました。こうした構図は、ポルトガルやスペインなど他の南欧諸国にもあてはまります。

お金を借りる側も貸す側も「節操がない」という点で、この問題には根深いものを感じます。規律やガバナンスに欠陥のあったギリシャが責められるのは当然ですが、欧州の銀行もドイツも、その危うさになかば気付きながらユーロ・バブルの片棒を担いでいたわけで、市場参加者としてのモラルと責任を問われても致し方ないかもしれません。

本来的な機能を失いつつある市場経済

形こそ違いますが、いま米国や日本でも同じような問題が世間をにぎわせています。米国では今年(2011年)9月中旬に、ニューヨークのウォール街で反格差デモが始まり、全米各地に飛び火しました。背景のひとつには、サブプライムローン問題を広めた張本人でありながら、リーマン・ショック後も公的資金で救済され、役職員が相変わらず高い報酬を得ている米国金融機関への怒りがあるようです。

日本ではオリンパスや大王製紙、東京電力といった大企業の不祥事や隠蔽体質が相次いで明るみに出ています。なかでもオリンパスは、90年代に財テクの失敗で抱えた含み損を20年近くも隠していたうえ、企業買収などにともなう資金操作でその穴埋めを図っていました。市場では他の大企業への疑心暗鬼も広がっており、日本企業のガバナンスに対する信頼は大きく後退しつつあります

市場参加者の規律が失われた以上、その集合体である市場そのものの規律も同じく失われることになります。それは生産性や競争力の乏しい参加者を排除するという、市場の本来的な機能が失われることを意味します。ユーロ圏では債務返済に問題のある国に対して、国債利回りの上昇という警報装置が働くまでにかなりの時間を要しました。借金だらけといわれて久しい米国や日本では、いまだに国債利回りは低いままです。

それにしても日米欧の奇妙な符合には、薄気味悪ささえ覚えます。「日本化」かどうかはともかくとして、先進国が主導してきた市場経済はいま、大変な過渡期を迎えているのかもしれません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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