復興需要は経済にとってプラスかマイナスか?
日本経済の今後について、比較的早い時期に景気が底を打ち、いわゆるV字回復に向かうといった楽観的な見方があります。その根拠となっているのが、国内外における「需要の存在」です。
東日本大震災による景気後退を、例えば2008年のリーマン・ショック後のそれと比較してみましょう。リーマン・ショックでは世界的に需要が消失したのに対して、今回は日本以外の世界景気が拡大もしくは回復の局面にありました。日本にとっては外需の取り込みが期待できるわけで、サプライチェーン(供給網)の復旧にともなって、生産と輸出は一時的な減少から増加に転じると考えられます。
そこに今年(2011年)の夏~秋頃からは「復興需要」の本格化、すなわち内需の大幅な増加が加わります。うがった見方をすれば、長年にわたり日本が苦労してきた内需創出が、天災によって図らずも実現することになるわけです。被災地の復興に向けた財政支出の拡大は、円安およびインフレの要因ですが、それが結果として輸出増加やデフレ脱却に寄与することも期待できます。
一方では、復興需要に経済効果を期待するのは誤りだという意見もあります復興はあくまでも毀損したインフラや設備の再構築であり、単に大震災前の状態を取り戻すことに過ぎない。そこに資金や人材を投入するのは、むしろ経済的にはマイナスだ――という主張です。こうした考え方は、経済学の世界では「破れ窓の誤謬(ごびゅう)」として以下のように説明されます。
- ある商店で子どもが窓ガラスを割ったとしましょう。窓ガラスを富や財産と見なすならば、経済的に損失が出たように思われますが、ガラス職人に新たな仕事を与え、経済が活性化するのだから、損失ではないともいえそうです。しかしながら、よくよく考えると窓ガラスが割れなくてもガラス職人は他に何らかの仕事をしていたはずで、経済全体としては窓ガラスという富が失われた分だけやはり損失となる。という理屈です。
原発リスクが促すエネルギー政策の大転換
今回の大震災では、日本経済の今後について悲観的にならざるを得ない、大きなリスク要因も生じています。福島県の原発事故による継続的な放射線漏れです。福島県を含む被災地で今後2~3年は大きな余震の可能性があることを考え合わせると、放射線漏れの収束にはメドが立ちにくいというのが正直なところでしょう。
前述した「破れ窓の誤謬」になぞらえて言うならば、せっかく窓ガラスを修復しても、放射線漏れの問題が解決しない限り、今までのようには商店にお客が来なくなったり、現地での仕事や生活が制限されるなどの支障が出ることになります。事実、観光客の激減や農作物の風評被害といったかたちで、すでにその兆候は表れています。短期的には復興のあり方や復興需要そのものにも影響が及ぶかもしれません。中長期的には被災地をはじめ、放射線の影響を受けた地域の支援や賠償にかかる費用が日本経済に重くのしかかります。
原発事故は電力不足、すなわち供給と需要の両面における電力の量的制約というリスク要因も生み出しました。静岡県の浜岡原発にも運転停止の断が下されたことで、この電力制約は東日本のみならず、全国共通の問題になったと言うことができます。電力制約が長引くようならば、製造業を中心に日本企業の海外移転が加速し、国内の雇用や輸出の減少につながる恐れがあります。
ただし、こうした「リスク要因の存在」を、一方ではポジティブに捉えることもできるかもしれません。日本のエネルギー政策に構造的な大転換を促す可能性があるからです。例えば、従来は自然エネルギーへの移行を進めようと思っても、消費者からコスト負担への理解が得られないことがネックになっていました。今回、原子力エネルギーに依存するリスクが表面化したことで、自然エネルギーへの移行が少なくとも心理的には大きく前進しそうです。
今後は電力会社によるエネルギーの独占体制が崩れ、電力供給面の新ビジネスが生まれたり、LED(発光ダイオード)など省エネ技術のさらなる開発・普及も進んでいくと思われます。掛け声だけで一向に進展しなかった日本の成長戦略が、まずは効率的なエネルギー政策というかたちで具体化するならば、新たな雇用や需要の創出につながることが期待できます。