1. 金融そもそも講座

第38回「震災、では何をすべきか?」

前回の原稿は3月9日にアップされたが、それから二日後である。3月11日の14時46分。東日本の太平洋岸を襲ったマグニチュード9.0の歴史上まれに見る大地震は、その直後の津波と相まって、日本の東北地方に大被害をもたらした。この原稿を書いている3月22日の時点でも、失われた人命の数さえ定かではない。大津波故に被災から10日以上経っても、行方不明者数が万を超えている。これは津波がなかった阪神・淡路大震災(被災から10日目で行方不明者数は数十人に減っていた)に比べて桁外れに多い。

一方、地震と津波によって、東京電力の福島第一原子力発電所では、1号機から4号機までの原子炉で、深刻な事象が起きている。今回の地震と津波が日本にもたらした社会的、精神的、そして経済的試練は極めて大きい。復興に多額の資金と長い時間がかかることは明らかである。では日本はこの未曾有の困難に財政的にどう立ち向かうべきか。今回はそれを考えてみた。情勢は刻々と変わっているが、少し長い、日本の財政の将来像との関係で見てみたい。

必要な長期的視点

救助、被災者支援、復興のいずれの段階でも、それを担保する資金がいる。むろん各種ボランティアの活動は重要だが、ボランティアの力だけで落ちた橋、ぐにゃぐにゃに曲がった道路は直せない。今回の場合は町の復興、港の再建も重要だ。復興にあたって筆者は、「元あった場所に町や道路や鉄道を復興する」ことは、阪神・淡路大震災とは違った視点で再考すべきだという考え方だ。将来また津波が襲ってくることが十分に考えられるからだ。例えば、町の標高を10メートル以上にするなどの大原則が必要だと思うが、ここではそれは論じない。また別の機会にと思っている。

こうした国家的な大災害で一番大きなお金を動かせるのはやはり政府である。個人も金融機関も町の復興には大きな役割があるし、多くのスポーツ選手や著名人がそうしているように個人の義援金も十分な役割を果たしうる。私を含めて、今回のケースでは「自分に何ができるか」という視点から非常に多くの人が、それぞれの可能な範囲で資金を復興のために支出した。また、東北地方を復興させるためにも日本経済は強くなければならず、一人一人の国民は必要なお金は惜しむことなく使わねばならないと思う。日本経済の6割は消費で構成されており、この消費が落ちると日本経済はマイナス成長に陥りかねない。復興には日本経済そのものにパワーが必要だ。

やはり主役になるのは政府である。ちなみに阪神・淡路大震災で日本政府が取った措置は、大震災等関連経費として「第二次補正予算」の形で1兆223億円を計上することから始めた。今回は年度が本当に押し迫った段階での大震災だが、同じような予算措置が取られることになる。これで当面の経費を賄うのである。

まずは補正

阪神・淡路大震災の時には、その後平成7年度第一次補正予算として震災関連で1兆4293億円が計上され、さらに第二次補正として7782億円が震災関連として計上されている。その総額は3兆3800億円だが、実際にはこの三補正予算に含まれなかった様々な予算での支出があり、実際には4兆円に近い関連予算が支出されたと考えられる。

今回の東日本の太平洋側を襲った大震災の復興に一体どのくらいかかるのかは、誰も正確には分からない。むしろ復興費用は「これだけかけて復興する」という地域や行政の意気込み、それと個人を含む民間との合わせ技であって、可変的なものである。しかし、南北に500km、幅200kmのプレートが動いたとされる地震規模は桁外れであり、その後に沿岸地方の街や村を襲った津波の規模は尋常ではない。一般的には、阪神・淡路大震災の数倍の復興資金が必要だと考えられている。

重要な問題は、阪神・淡路大震災の時にはまだそれほど日本政府の財政事情の悪化は言われていなかったが、今回は世界が日本の財政事情の悪さを知る中で起きたことだ。その中で、日本は10兆円とか15兆円とかの復興資金を捻出しなければならない。まず今年度、そして来年度の予算で補正を組むにしても、それに伴う復興国債を出すにしても、市場は「日本の財政事情がこれ以上悪化しないか」という目で見つめている。

復興税の創設を

政府の復興資金の調達に関しては、いろいろな意見が出ている。「また霞ケ関埋蔵金の中から出せばよい」という意見もある。しかし、東日本の太平洋岸の復興には相当な時間がかかる。どういう復興の図式を描くかにもよるが、数年を要するだろう。だとしたら、くめばなくなる埋蔵金を充てるのは心許ない。

復興国債を出すという意見もある。償還時に国庫に少しでも負担にならないような金利スキームを組み込んだアイデアなどもあり、良い案の一つだと思う。火急を要する資金の調達にはこの方式も魅力だ。「復興」という名が付くことによって、人々も買いやすくなる。しかし筆者には心配な点がある。既に日本の赤字国債の規模はGDPの二倍程度に増えている。その額は1000兆円に達しようという規模だ。この上「復興国債」とはいえ、国の借金を増やすことはマーケットに弱みを握られることにならないかということだ。例えばしばらくは日本の復興努力を見守るにしても、国際的な格付け機関から国債の格付けの引き下げなどを発表されると、日本政府の資金調達全体が国債利回りの上昇などで大きな困難に直面しかねない。

筆者の意見は、日本の財政を巡る状況が阪神・淡路大震災の時より一段と悪化したが故に、日本という国が一つの問題にきちんと対処するという前例を残すためにも、「地震からの復興を主な狙いとする増税」が良いのではないかと思う。もしその前に復興国債を発行していたら、この税の一部はその償還に充てることになる。

それを所得税でやるのか、消費税でやるのか、時限をどうするかなどの議論はあると思う。おそらく時限が必要だ。かつその税での焼け太り、将来に意味のない復興工事にも反対だ。しかし本気で、日本が具体的な政策でも「辛抱強さ、克己、秩序正しさ」(地震に対する日本人の態度を賞賛した海外の新聞の表現)を世界に示せれば、日本全体の今後の復興にとって良い例になると思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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