市場は米国の12月利上げ開始を織り込んだ?
先進各国が金融緩和を続けるなかで、米国だけが利上げに向かうという大きな流れからみれば、短中期的に円安・ドル高が進みやすい状況にあることは確かでしょう。当面の問題は、米国の利上げがいつ、どのくらいの規模で始まるかということです。
FRB(米連邦準備理事会)のイエレン議長は、今年(2015年)5月22日に「年内のある時点で利上げの最初の段階に進むのが適切だ」と発言しました。その後も6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)後の記者会見で、利上げ時期に関して「年内」と何度も繰り返しており、市場には米国の年内利上げはかなり濃厚という認識が広がっています。
FOMCは年内にあと4回開かれますが、そのうちイエレン議長の記者会見が予定されているのは9月と12月の2回だけです。利上げ開始時にはFRBによる十分な説明が必要なため、米国の利上げ時期は9月か12月になるという見方が有力です。
このところ、米国の経済指標は好不調のデータが混在する“まだら模様”の状態が続いています。ギリシャの債務問題や中国株の大幅下落など、世界経済もにわかに不透明さを増してきており、米国の利上げが新興国に及ぼす影響の大きさも取り沙汰されています。こうした現状から見て、米国の利上げは年内については12月の1回のみで、利上げ幅も0.25%程度の緩やかなものになると予想する市場関係者が多いようです。
5月のイエレン発言以降、外国為替市場では急速に円安・ドル高が進み、6月5日には一時1ドル=125円85銭という直近の安値を記録しました。これは実に12年半ぶりの円安水準にあたります。その後は少し円高に戻して、7月9日現在では1ドル=121円台となっています。
注目したいのは、過去によく見られた「リスクオフ→円高」という関係が薄れてきたことです。7月5日にはギリシャの国民投票で「緊縮反対」の国民意思が示された他、6日から9日にかけては中国株が乱高下を記録。市場では不安材料が重なってリスクオフの雰囲気が強まったものの、円相場はそれほど目立った反応を見せませんでした。むしろ最近では世界経済に不安が走ると、海外に広がった緩和マネーがドルに戻るという憶測につながりやすくなっているもようです。
こうした過程で米国の「12月利上げ開始」を市場がある程度まで織り込んだと考えるならば、6月上旬に付けた1ドル=125円台がひとつの目安となるのではないでしょうか。
例えば9月のFOMCで利上げが見送られた場合、市場では12月の利上げがいっそう明確に意識されることとなります。ただし、それはいわば既定路線であるため、9月のFOMC後に円安が進んだとしても、12月の利上げ開始時を含めて年内は1ドル=125円台をそれほど大きく上回ることはないかもしれません。
短中期的に円安・ドル高の圧力は増している
米国の利上げとは関係なく、短中期的に円安・ドル高の圧力が増しているという指摘もあります。例えば現在、日本の年金基金や生命保険会社などの間では、資金の運用先を海外にシフトする動きが拡大しています。財務相がまとめる「対外証券投資」を見ると、公的年金に企業年金も含めた年金全体の動向を示す「銀行・信託銀行(信託勘定)」による外国債券と外国株式の買越額は、14年8月からほぼ毎月1兆円前後で推移しています。
ある試算によれば、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に地方公務員共済組合連合会など3つの共済年金を加えた4種類の公的マネーだけで、「外国債券と外国株式の買い余力」は13兆円にのぼります。これら公的マネーの大半は為替ヘッジを付けずに投資されており、13兆円が外国債券や外国証券に流入すると、対ドルで2円の円安要因になるようです。
日銀は16年度前半頃までに2%の物価上昇率の実現を目指していますが、この目標が達成されると考える市場関係者は少ないのが現実です。民間エコノミストの予測を集めたESPフォーキャスト調査では、日本の消費者物価上昇率(生鮮食品および消費増税の影響を除く)は16年度が1.21%、17年度が1.30%となっています。海外投資家の間では、日銀が追加の金融緩和に動くとの見通しも根強くあり、しばらくは円の思惑売りが出やすい状況が続きそうです。
こうした潜在的な円安圧力からみると、年内はともかくとして、来年の意外と早い時期に1ドル=130円前後まで円安が進んでも不思議ではありません。
もちろん今後の経済情勢によっては、米国の利上げ開始時期が9月に早まったり、逆に来年まで持ち越されたりする可能性も残されています。そのように市場がまだ十分に織り込んでいない利上げの時期やペースが現実となった場合には、円相場がどのような動きをするのか、一気に分からなくなります。
ちなみに国内外の市場関係者が想定する15年末の円相場は、ざっと見渡しただけでも1ドル=115円~130円と相当に幅広いレンジとなっています。つまり、かように為替相場の短期予想は難しいということです。