不思議と高い確率であらわれる相場の傾向や周期性
アノマリー(anomaly)とは本来、「例外的な事象」という意味の言葉です。それが転じて市場関係者の間では、「値動きのクセ」というような意味合いでこの言葉が用いられるようになりました。
株式や為替などの相場には、特定の時期に上昇あるいは下落しやすいといった傾向や周期性が見られます。その要因を経済理論やファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)の面から説明することは難しいものの、不思議と高い確率で出現する相場の傾向や周期性を、アノマリーと呼んでいるのです。アノマリーは投資家から見れば、長い年月にわたる経験や観察を通じて培われた「相場の経験則」ということもできるでしょう。
特に有名なアノマリーのひとつが、「米国の大統領選の前年は株価が上昇する」というものです。該当する年において、米国のダウ工業株30種平均は1943年から2007年まで17回連続で上昇しています。日経平均株価も、東京証券取引所が再開した1949年以降、15回のうち11回で上昇を記録しました。
今年(2011年)は干支が卯(うさぎ)年ですが、卯年は毎回ちょうど米大統領選の前年に巡ってきます。実際に、戦後5回あった卯年のうち4回で日経平均株価は上昇を記録しており、5回の平均騰落率はプラス23.1%と、十二支中3位の成績です。「ウサギ跳ねる」という相場格言も、こうした実績に基づいているわけです。
また、今年は米国のオバマ大統領が就任して3年目にあたります。米大統領の就任3年目には、米国のもうひとつの代表的な株価指数であるS&P500指数が、1955年から2003年まで9回連続して上昇しています。これだけ有望なアノマリーが重なれば、今年は米国と日本の株価上昇に大いに期待したいところですが、その信頼性はどれほどのものなのでしょうか。
根拠がまったくないわけではありません。大統領選挙の前年には、米国の民主党も共和党も翌年の選挙をにらんで、さまざまな景気対策や経済政策を表明するのが一般的です。特に大統領が就任3年目で、前年に行なわれた中間選挙の結果が芳しくなかったような場合、再選へ向けて国民に実績をアピールするため、現職はなりふり構わず景気刺激策などを打ち出すことが多くなります。
結果として米国では景況感が改善し、先行きへの期待から株式が買われやすくなり、株高につながります。米国の景気や株価と相関性の高い日本の株価も、つられて上昇しやすくなるという仕組みです。
アノマリーの背景に生身の人間や経済が見える!?
特定の月に関連したアノマリーもあります。例えば、株式と為替の「1月効果」。1月の日経平均株価は、過去10年では4勝6敗とそれほど振るわないものの、過去62回までさかのぼると、上昇が44回と月別では最多の勝率です。今年の1月もわずかながら上昇しました。日米ともに節税対策のための個人投資家による売りが12月中に一巡する一方で、1月は米国の投資信託など機関投資家が新規の資金を振り向ける時期にあたり、日本株が買われやすいことが要因といわれています。
為替の1月効果とは、1月において初値より終値が円高・ドル安ならば、年間を通じても円高になりやすく、その逆も成り立つというもの。このアノマリーは1980年以降、8割以上の確率であてはまっており、外国人投資家が1月の為替動向に基づいて、年間の相場観を形成するためではないかと見られています。ちなみに今年の1月は円安で終えたため、アノマリーどおりなら、年間でも円安・ドル高が進むと考えることができます。
アノマリーは私たちに、ある重要な事実を教えてくれます。伝統的な経済理論や金融工学は、人間行動の合理性と経済の効率性を前提としていますが、現実の人間や経済はそれほど単純なものではないということです。前述したアノマリーのきっかけとなっているのは、いわば政治家や投資家の自己都合や勝手な思惑です。そこでは合理性や効率性よりも、自分はこうしたい、こうすべきだという心理が勝っていると考えられます。
それらの市場全体からみれば一部にすぎない行動や心理が、時として相場に意外なほど大きな影響を及ぼすことがあります。経済理論や金融工学はこれまで、アノマリーを文字どおり例外的な事象として「見ないふり」をしてきましたが、最近では行動経済学や経済物理学といった分野において、アノマリーも織り込んだ新しい経済統計モデルの研究が進んでいます。
投資家の立場として、アノマリーを必要以上に信じるのは危険でしょう。しかし、より生身の人間や経済の姿を垣間見ることができるという意味で、アノマリーは非常に興味深い参考材料だと思われます。