今回は企業会計に関する質問ですね。
質問に答える前に、まず企業会計の仕組みを見ておきましょう。
すべての企業は必ず何かしらのモノを販売しているものです。NTTは電話回線を販売しています。新日鉄は鉄から作られた製品を販売しています。トヨタはカローラやマークIIを世界中で販売しています。ユニクロ(ファーストリテイリング)はフリースやジーンズを日本中で売っています。吉野家は牛丼を売っています(最近は豚丼ですね)。
そして企業はただ単に、自分たちの商品を売っていればいいというものではありません。株主のため、社員のため、取引先のため、そして企業自身のために、どれくらい売れたのか、どれだけ稼いだのかを記録しておかなければなりません。その記録手段が会計帳簿です。
この1年間でどれだけ自分たちの作っているモノが売れたのか(売上高)、それを売るためにどれだけのコストがかかったか(費用)、その結果、どれくらいのおカネを稼いだのか(利益)、これらを知る必要が出てきます。どんな企業でも、企業である以上、毎年必ず自分の通信簿を自らの手で作っています。
毎年、決算期を迎えるたびに企業は会計帳簿を作成します。その企業の1年間の経営成績はすべて会計帳簿の中に盛り込まれます。会計帳簿はその企業を知る上で、非常にたいせつな資料であるわけです。
今では中間決算といって半年に一度(つまり1年間に2度)、会計帳簿を作るのが一般的です。最近では米国式の流れを受けて、4月~6月とか7月~9月という3カ月ごとに会計帳簿を作成する企業も増えています。これは四半期(しはんき)決算と呼ばれており、こうなると企業は1年間に4回、会計帳簿を作成することになります。学生の皆さんは1年間に3回、通信簿が手渡されますが、企業はそれよりも1回多いわけです。たいへんですね。
さて、企業は決算を迎えるたびに2種類の会計帳簿を作らなければなりません。(1)貸借対照表(たいしゃくたいしょうひょう)と、(2)損益計算書(そんえきけいさんしょ)です。
(1)の貸借対照表(たいしゃくたいしょうひょう)とは、「バランスシート」と呼ばれるもので「B/S」と略されます。企業がその決算の時点で持っている土地、建物の金額や、借金の額、資本金の額などが載っており、企業の「財産の内容」を表しています。
(2)の損益計算書(そんえきけいさんしょ)とは、「P/L」と略され、1年間(半年間、四半期間など)の売上高、費用、利益が書かれています。つまりその企業の1年間の「経営成績」が示されているのです。
企業はその1年間を通して、「B/S」に書かれている工場でモノを作り、「B/S」に載っている営業所で販売して、「P/L」に載っている売上高と利益を得ています。「B/S」と「P/L」の2種類の会計帳簿はまったく別々のものではなく、密接に関連しているのです。
ここで具体的に企業の会計帳簿を見てみましょう。売上高と利益の両方で日本一のトヨタ自動車を例にとります。トヨタを含め、3月決算を採用している会社は、まもなく2004年3月期の決算を発表する予定です。今の時点では実際にまだ発表されていませんので、1年前の2003年3月期の会計帳簿を使います。
トヨタの損益計算書を見てください。さすがは世界有数の自動車メーカー、トヨタです。売上高は16兆円に達し、経常利益は1兆円を超えています。薬品メーカーの日本一は武田薬品ですが、その武田ですら売上高は1兆円を超えたばかりです。トヨタは利益の部分だけで武田薬品の売上高を越えております。
損益計算書の仕組みを見てゆきましょう。トヨタが1年間にわたって世界中で販売した自動車の合計額が16兆円(売上高)です。その売上高から、自動車を作るのに必要な部品や労賃の額(売上原価)を差し引き、さらに広告宣伝費や工場の光熱費など(販売費及び一般管理費)を引いて、「営業利益」が算出されます。営業利益はトヨタが1年間で自動車を作って販売して得た、まさにトヨタの本業部分での利益です。
しかしトヨタの企業活動は、自動車の製造・販売だけに限定されるわけではありません。本業以外の部分でのおカネのやりとりがあります。トヨタは豊富に持っているおカネを貸しているため、そこから受け取る利息や配当金が「営業外収益」として3000億円近くもあります。これを営業利益に足します。次に、借りているおカネの利息の支払いも2500億円近くあるため(「営業外費用」)、これを差し引きます。「営業外収益」と「営業外費用」という、本業でない部分でのおカネのやりとりを足して引いて、「経常利益(けいじょうりえき)」が算出されます。
経常利益は、トヨタの本業での部分はもちろん、本業ではない部分の利益やコストも加味されて出てきます。利息の受け取りや金利の支払いなどは、本業ではないといっても、トヨタが「日常的に」行っている企業活動の一貫として生じています。日常的な活動から得られる利益のため、「経常利益」と呼ばれています。
しかし企業の活動には経常的、日常的ではないものもあります。代表的なものは土地の売買です。三井不動産や三菱地所のような不動産会社は、土地の売買を本業としてビジネスを行っていますが、トヨタは本業が自動車の製造・販売であるため、土地の売買は日常的なものではありません。トヨタが土地を売却して利益を得たとしたら(または損失を出したとしたら)、それはトヨタにとって日常的な利益や損失にはなりません。
そのような「日常的ではない」ビジネスから生じた利益や損失は、別枠で表示します。それが「特別利益」と「特別損失」です。トヨタの2003年3月期のケースでは、特別利益が2300億円生じました。特別損失はありません。この両者の金額を足し引きして、「税引前利益」が算出されます。
むずかしいですか。残るはあとひとつです。税引前利益から法人税(50%弱)を差し引いたものが「当期純利益」です。法人税を支払った後の利益なので「税引利益」とも呼ばれ、ただ単に「純利益」とも呼ばれます。当期純利益こそが企業の1年間のビジネスによって、最終的に手元に残った利益の部分です。これを基に企業は株主に対して配当を出したり、社内の役員たちにボーナスを出したりします。また株式投資の代表的な投資指標である「一株当たり利益」は、この当期純利益を株数で割り算して算出します。
長くなりましたが、以上が損益計算書の仕組みのすべてです。株式会社はどんな企業でも必ずこの形式に沿って、決算のたびに損益計算書を作成しているのです。
ここでようやく最初の質問に戻ります。今回の質問は、「『営業利益』より『税引利益』の方が多い会社があるのはなぜですか?」というものでした。
わかりますか?
これまで説明してきました損益計算書の仕組みがわかると、自然と答えも出てくるはずです。ヒントは、「営業利益を計算した後に、何を足したり引いたりして税引利益を出しているのか」という点にあります。
答えは、(1)特別利益が多い、(2)営業外収益が多い、の二つが考えられます。
(1)の「特別利益が多い」例では、ライオンがあります。ライオンの2003年12月決算を見ると、売上高3085億円に対して、営業利益は98億円に過ぎません。受取利息などを上乗せしても、経常利益は112億円です。これに対して、厚生年金基金の代行返上による「非日常的な」利益が100億円近く発生しているため、特別利益は103億円にものぼっています。リストラ費用などを特別損失として76億円計上しても、税引前利益は139億円になり、この結果、法人税を差し引いた当期純利益は109億円で、営業利益(98億円)を上回っています。
(2)の「営業外収益が多い」例では、家電量販店のヤマダ電機を見ておきます。家電量販店は薄利多売で利幅が小さく、ヤマダ電機の売上高は8000億円近くになりますが、本業部分の営業利益は30億円弱でしかありません。しかし営業外収益として、家電メーカーからの仕入割引(しいれわりびき=大口販売先に対して、家電メーカーが納入単価を引き下げてサービスすること)が71億円、販促協力金(はんそくきょうりょくきん)が22億円もあるため、この結果、経常利益は182億円にグンとアップします。法人税を差し引いた当期純利益は55億円にのぼり、営業利益(27億円)を2倍以上も上回っています。
一般論で言えば、質問にあるような「営業利益<税引利益」のケースは、(1)のライオンのようなケースがほとんどで、(2)のヤマダ電機のようなケースは例外的なものです。この例では、小売ビジネス独特の商慣行である「仕入割引」の存在が大きいようです。
最後になりますが、株式投資に臨む基本として企業会計の知識は欠かせません。特に「簿記」の知識は絶対に必要です。最低でも簿記2級、できれば簿記1級くらいのレベルを、できるだけ若いうちに習得されておくことをお勧めいたします。