債券の代わりとしてディフェンシブ株に白羽の矢
日経平均株価は今年(2015年)3月末に週間ベースでは7週ぶりの下落を記録し、ここにきてにわかに値動きが荒くなるなど、方向感がつかみづらい展開になってきました。それでもなお、4月に入って15年ぶりの2万円乗せで高値圏が続いていることに変わりはありません。
今回の上昇相場において特徴的なのは、意外な銘柄が投資家の人気を呼んだことです。一般に、相場全体が上昇するような局面では電気機器や自動車、機械などの「景気敏感株」に多くの買いが集まります。ところが今回は医薬品や鉄道、食品など、景気変動の影響を受けにくく業績が安定している「ディフェンシブ株」の株価上昇が目立っています。
その背景として、例えば幅広い銘柄をまとめて買う公的マネーの影響が考えられますが、一般投資家の株式投資に対する意識が変化してきたことも関係しているもようです。
今日では、世界的な超低金利政策によって主要各国の国債利回りは軒並み低下しています。結果として少しでも高い利回りを求める投資家たちが、まるで債券を買うような感覚で株式投資に臨むようになりました。しかしながら本来、株式は元本割れするリスクが高いため、債券の代替商品にはなり得ません。そこで次善策として、相対的に値動きが小さく安定配当を見込めるディフェンシブ株に白羽の矢が立ったというわけです。
ディフェンシブ株の中でも業界平均を上回る利益成長が期待できそうな銘柄においては、高値を付けた後でさらに株価が上昇する、いわゆるグロース(成長)株のような値動きを示すケースも出てきました。これは「モメンタム(勢い)効果」と呼ばれ、最近の日本株市場を象徴するキーワードの一つとなっています。
一例を挙げてみましょう。今年4月6日現在、訪日外国人のインバウンド消費で期待を集めるオリエンタルランドは予想PER(株価収益率)が46.51倍で、配当利回りは0.37%です。米国事業が順調で連続最高益を見込むカルビーはPERが54.16倍で、配当利回りは0.48%。東証1部全銘柄の平均PER18.41倍、平均配当利回り1.45%と比べると、両銘柄ともに指標面では投資魅力に乏しいことが分かります。にもかかわらず、いまだに資金流入が続いているのは、投資家が銘柄の安定性よりも成長性に着目しているからに他なりません。
スマートベータの普及がもたらす影響でマネーの逆回転リスクも
最近では投資家が用いる手法として、株価指数に連動する「パッシブ運用」が世界の主流になりつつあります。投信評価会社モーニングスターの調査によると、米国では2014年に4,200億ドル(約50兆円)強の資金がパッシブ型株式投信に流れ込みました。これは個別銘柄に選別投資するアクティブ型株式投信の9倍に当たる数字です。野村證券によれば日本の株式市場にも今後、公的マネーを中心に10兆円近いパッシブ運用の資金が流入する見込みです。
連動対象として特に注目を浴びているのが、以前にも紹介したスマートベータと呼ばれる新タイプの株価指数です。その一つ「MSCIジャパン最小分散指数」は銘柄間の値動きの特性を分析して、相場の下落局面でも損失が膨らみにくいように設計されたもの。約150銘柄の日本株で構成されていますが、その組み入れ上位には前述のオリエンタルランドやエーザイ、武田薬品工業といった医薬品株が並んでいます。
すなわち今回の相場上昇過程でディフェンシブ株の性質が変わったのは、日本株への投資に当たってスマートベータを用いる投資家が増えたことも理由のひとつと考えられるわけです。
今後についてはいくつか懸念があります。例えばMSCIは半年ごとに最小分散指数の銘柄や比率を見直すことになっており、次の見直しは5月末です。投資家の注目を集めた結果、皮肉にも値動きの性質が従来とは一変したディフェンシブ株は、指数での位置付けや扱いも変わることになるかもしれません。構成比が下がったり、指数から外されるような事態になれば、株価が調整に向かう可能性もあるため注意が必要です。
投資手法としてパッシブ運用の割合が大きくなり過ぎると、株価が企業経営を評価する指標として機能しなくなる懸念もあります。ファイナンス理論の専門家によれば、さまざまな思惑で売買する投資家の厚みや投資戦略の多様性が、株式市場の効率性に貢献しています。アクティブ型の投資家が減ることによって、そうした株式市場のインフラ的な要素が失われると、本来的に株価の裏付けとなるはずの企業収益とは無関係に株価水準が決まってしまう恐れが出てくるのです。
株式投資における投資家の意識や手法の変化が一時的なブームなのか、あるいは株式市場の本質的な変革なのか、本当のところはまだ分かりません。いずれにしても、それらの変化が高い収益性や効率性の実現という投資家の貪欲な期待を反映していることは確かです。その期待が金利上昇など何らかのきっかけで裏切られることになったとき、日本株に流れ込んでいた投資資金はどのような動きを見せるのでしょうか。
たとえ日本株が企業業績の向上などからみて長期的に有望だとしても、短期的には投資家の貪欲さゆえにマネーが大きく逆回転するリスクもあることは覚悟しておくべきでしょう。