輸出数量が持ち直すも、水準はまだ低い
前回も紹介したように、日本では過去2年余りにわたって円安の効果が輸出増などの数量面ではほとんど働かず、もっぱら輸入金額の増加という価格面で働くことにより、貿易赤字の増加や輸入物価の上昇をもたらすという状況が続いてきました。財務省が今年(2015年)2月9日に発表した14年の国際収支速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は10.4兆円と過去最大の赤字を記録しています。
内閣府が試算する輸出数量指数を見ると、14年10~12月に前期比2.0%上昇し、7~9月から2四半期続けて前の期を上回るなど、輸出数量が持ち直しに向かう動きも出てきました。民間エコノミストの間では、米国の景気回復などを通じて日本の輸出は今年も緩やかに伸びていくという見方が広がっています。円安が一定期間を経て輸出を押し上げ、貿易収支を改善する「Jカーブ効果」がようやく表れ始めた格好です。
しかしながら、輸出全体の水準はなお低いのが現状です。14年通年の輸出数量は前年比0.6%増にとどまり、08年のリーマン・ショック前と比べると8割の水準にすぎません。輸出が本格的にかつての勢いを取り戻すためには、日本企業が輸出品の価格を引き下げて海外での販売増につなげたり、海外の生産拠点を国内に戻すといった動きがもっと広がる必要がありそうです。
アベノミクスによって12年末から急激に円安が進んだにもかかわらず、輸出品の契約通貨ベースの販売価格は今日までほとんど低下していません。その理由として、例えば日本企業が為替相場の乱高下すなわち円安後の急激な円高転換を警戒したことなどが挙げられますが、専門家の中には日本の輸出の大半が企業内貿易である点に着目すべきと指摘する人もいます。
多くの日本企業がグローバルな生産・販売ネットワークの構築に走った結果、輸出先が海外の現地法人であるケースも増えました。輸出の相手がグループ企業である限り、円安時に新たな市場の開拓を狙って契約通貨ベースの輸出価格を引き下げるという行動にはつながりません。その場合、輸出数量が増えるかどうかはあくまでも現地における需要の動向、つまりは輸出相手国の景気次第ということになります。
円安がもたらす効果や影響はその時々で変わる
製造業を中心に、日本企業の一部には生産の「国内回帰」を進める動きも出てきました。海外現地生産比率の変化は為替レートの動向に2年ほど遅れて表れるため、15年度は国内での生産比率が上昇するタイミングにあるとみる専門家もいます。ただし、新興国における賃金の低さや消費市場の高い成長性に注目して、日本企業がいわゆる「地産地消」を目指す傾向は根強く、国内回帰とはいっても海外の生産拠点を閉鎖するまでには至っていません。
総務省の労働力調査によると、製造業の就業者数は14年12月に1,027万人と4カ月連続で前年を下回りました。雇用環境の改善により人手不足感が強まるなか、輸出産業に割り当てるだけの人的資源が国内には乏しいため、生産の国内回帰は部分的にとどまるという意見もあります。
こうした日本経済の構造変化が背景にある限り、輸出数量の増加は今後もそれほど顕著に進むことはないのかもしれません。一方で、円安がもたらすプラス効果は他にもあります。例えば14年に日本企業が海外の子会社などから受け取った配当金は4.2兆円と、10年前の4.7倍まで増加しています。海外現地法人が外貨で得た利益を円安時に日本国内へ還流すると、円建ての稼ぎが膨らむわけで、これも円安メリットのひとつとなります。
ただ、海外からの配当収入が増えたとしても、日本国内で企業による設備投資などの増加が進まなければ、円安メリットがかつてのように都心部から地方にまで広く及ぶことは考えづらいのが実情です。今後はこうした還流マネーが設備投資や賃上げにどれだけ回るかが、日本経済の底上げを図るうえでひとつのカギになるといえるでしょう。
今回の円安は、海外からの訪日客数が増加するという新たなプラス効果も生み出しました。日本政府観光局によると、14年の訪日外国人旅行者数は前年比29%増の1341万人となり、訪日客が買い物や宿泊などに使った消費額は2兆円を超えています。こうした現象は、例えば為替レートが1ドル=124円台まで進んだ07年には見られなかったものです。昨年10月に免税対象品を拡大したことや、海外へのPRおよび観光客の受け入れ態勢の強化などが功を奏したと考えられます。
加えて今回は原油相場の大幅な下落によって、円安のマイナス効果である燃料輸入価格の上昇が緩和されるという幸運にも恵まれました。こうして見ると同じ1ドル=120円前後の円安でも、その時々の経済環境や社会情勢、産業の成熟度などにより、円安がもたらす効果や影響は変わってくることが分かります。すなわち日本経済にとって好ましい為替レートとは常に一定ではなく、変化するものであるといえます。