1. いま聞きたいQ&A
Q

ウクライナ問題の背景と、国際的な影響について教えてください。(前編)

最悪の場合、「新冷戦」という深刻な事態も

世界情勢がにわかに「きな臭く」なってきました。ウクライナ問題を巡って、欧米とロシアの対立が深まっているからです。

ロシアが今年(2014年)3月初旬以降、ウクライナ南部のクリミア半島に軍を展開して実効支配を強めるなか、米国のオバマ大統領はロシアに対する制裁措置を発令しました。ロシアとウクライナ前政権の一部当局者を対象に、資産凍結や米国への渡航禁止、査証(ビザ)の発給制限を課すものです。EU(欧州連合)も、ロシアから査証なしでEUに短期渡航できる制度の交渉を停止するなど、3段階にわたる制裁内容をまとめました。

こうした欧米の動きに、ロシアのプーチン大統領は真っ向から対抗する構えを見せています。ウクライナ経由で欧州諸国が供給を受けているロシア産天然ガスの輸出停止をほのめかしたほか、ロシア国内における欧米企業の資産を大統領権限で凍結・没収できる法案づくりに着手。3月16日に実施された住民投票を通じて、クリミア自治共和国をロシアへ編入する手続きも進めています。

日米欧の主要7か国(G7)とEUの首脳は3月12日、ロシアに対して、クリミアの編入に向けた取り組みの停止を求める共同声明を発表しました。実際にロシアがクリミアを編入した際には「さらなる行動をとる」と、追加的な制裁の発動にも言及しています。米国などが、6月にロシアのソチで開催される主要8カ国(G8)首脳会議を欠席する可能性も高まっており、最悪の場合、「新冷戦」という深刻な事態に発展する恐れもあります。

ウクライナは小麦やトウモロコシの輸出で世界シェアの上位を占める農業大国ですが、国内総生産(GDP)で見ると、先ごろ通貨ペソの急落で新興国不安のきっかけをつくったアルゼンチンの半分以下に過ぎません。それでも欧米とロシアがウクライナにこだわるのは、なぜでしょうか。

例えば欧州にとってのウクライナは、ひと言でいうならばEU経済圏を拡大する対象であり、その位置づけは他の東欧諸国やバルト3国と基本的には変わりません。ただし、ウクライナが欧州とロシアのちょうど中間に位置していることから、地政学的な重要度はかなり大きいといえます

EUは必要な天然ガスの3割をロシアからパイプラインで調達しており、そのうち約6割がウクライナを経由しています。2006年と09年には、価格交渉のもつれや滞納金の未払いを理由にロシアがウクライナ向けの天然ガス供給を停止し、欧州諸国が大混乱に陥ったという過去があります。ロシアに対する価格交渉力を高めるなど、エネルギー確保の優位性や安定性の観点から見ても、ウクライナの陣営への取り込みはEUにとって重要な政策課題となるわけです。

欧米との関係より自国の都合を優先させるロシア

一方でロシアは、ウクライナがEU経済圏や欧米の軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)に加盟することを強く警戒しています。その背景として、まずウクライナには欧州向けの天然ガスパイプラインや黒海艦隊が駐留するクリミア半島南部のセバストポリ軍港など、ロシアにとっての経済的・軍事的な権益があることが挙げられます。

加えて、国内世論の反発を避けたいという内政的な事情も関係しているようです。中東や北アフリカに続いて、旧ソ連諸国でも欧米の介入によって権威主義的な政権が崩壊に追い込まれれば、ロシア国内においても再び反政権運動が高まりかねないという懸念があるのです。

話がややこしいのは、欧州とロシアが今日、経済において相互依存の関係にあるということ。過去10年間でEUの対ロシア輸出は3.6倍に増え、シェアは7%まで上昇しました。ロシアにとってもEUは輸出で5割強、輸入で4割強のシェアを占める、いわば貿易の得意先にあたります。両者が全面衝突して制裁や禁輸の応酬となった場合、ともに経済的な代償は避けられないでしょう。

なかでも資源輸出に依存するロシア経済への影響は大きいと考えられます。すでにロシアでは国外への資金流出が加速する傾向にあり、3月12日現在、通貨ルーブルは年初から約12%の下落を記録。代表的な株価指数であるMICEX指数も年初から約14%低い水準となっています。欧米による制裁が拡大すれば、資金流出とそれに伴う通貨や株価の下落はさらに進むとみられます。

にもかかわらず、今回の問題ではロシアの強硬さが特に目立つように思えてなりません。昨夏の対シリア外交と今年のソチ五輪で国際的に名を上げ、「大国再興」を掲げるプーチン大統領の自信の表れか、それとも焦りなのか――。真意は分かりませんが、欧米との関係よりもロシア系住民や権益の保護、国内世論といった自国の都合を優先せざるを得ないところに、ロシアが置かれた状況の厳しさが見てとれるような気がします。

次回も引き続き、事態の推移をたどるとともに、残りの当事者である米国とウクライナ、さらには中国や日本など他国の思惑や事情も含めて、この問題の本質を考えてみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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