1. 先駆者たちの大地

先駆者たちの大地

日清製粉株式会社 創業者 正田貞一郎

1907~1913年 明治時代から繰り返された積極的なM&A

戦前までの日清製粉の歴史は、実は企業合併の歴史でもある。創業から早くも7年後には、不況で経営不振に陥っていた横浜の日清製粉株式会社を合併。また合併を機に、社名を地方色の濃い館林製粉から、より発展的な日清製粉へと改称している。

商標

館林製粉株式会社最初の商標

これを皮切りに1910年には宇都宮の大日本製粉株式会社を合併。一躍、国内第2位の製粉会社となった。さらに上毛製粉、両毛製粉、讃岐製粉、九州製粉などを次々に合併。工場も名古屋、水戸、岡山、神戸と積極的に新設を続けた。もちろん合併にせよ「小麦、製粉という名前が付いていればよい」というやみくもなものではない。工場も含め、いずれも国内小麦の主要な生産地か、多くの消費が見込まれる土地である。昨今のIT系企業も驚くようなダイナミックな企業経営を、すでにこの時代に展開していたのだ。
その根底にあるのは、やはり主食たる小麦を安定供給するという思いであった。生産地・輸入港・消費地に工場を分散して、原料事情等の変化や天災によるリスク分散を図るとともに操業度を平均化することで製造原価を低減し、市場への長期安定供給を実現しようとしたのである。1923年の関東大震災では食糧不足から市場で小麦粉価格が高騰したが、日清製粉は価格を据え置くことができた。

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IRマガジン2001年1-2月号 Vol.47 野村インベスター・リレーションズ

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