1. 金融そもそも講座

第5回「需要の創造、それこそ成長の鍵」

経済、そもそもは需要

前回の「勢いに乗ったブラジル」でも少し触れたが、経済をそもそも牽引するのは需要である。需要とは難しい言葉だが、「誰かがモノやサービスを買う」ということだ。今この原稿は自分のラップトップで書いているが、デスクトップでもサーバーでも、人々や企業がコンピューターを買うからコンピューター・メーカーやシステム会社、それにクラウド運営会社などは工場や施設を作り、人を雇い、そして働く人々にお給料を払える。

だから、誰もモノを買わない、サービスもいらないという世界では、我々が語るような経済は成り立たない。実際には生きていくだけで食料品は買わねばならないが、バランスは難しい。需要が供給力を大幅に上回ると経済活動はすごく活発になるが、その一方でモノやサービスの値段が上がって、一般的にはインフレと言われる事態も起こりかねない。その逆に、供給力は十二分にあるのに需要が足りないと経済活動は低調になり、物価の面ではデフレに陥る。今の先進国経済はどちらかと言えば後者の傾向が強いが、一方でブラジルや中国、それにインドなど伸びつつある国では前者の傾向が強い。

だから鳥瞰してみると、今の世界はなかなか理解が難しい。発展段階の違いによって、デフレ圧力が強い日本のような国があるかと思えば、既にインフレの兆しが土地価格などに出ている中国のような例もある。また一方で、世界各国の積極的な金融緩和や財政出動で市中に出た資金が、金や原油など先物市場のある投資対象に集まって、それらは先進国のおしなべての不況状態から見ればやや異質な“価格急騰”というインフレ的な状況を示している。言ってみれば、デフレという大きな流れの中で「インフレの局地戦」が展開しているようなものだ。

需要を増やす人口増

では「需要」はどうやったら増えるのか。経済政策などの中には必ずしも入らないことが多いから忘れられがちだが、一番確かな需要増への施策は人口の増加である。人が増えれば食べるものも増え、着るものも必要になり、家も建つ。家が建てば家電製品も必要になって、車を買う人も増える。

日本の戦後人口のスタートは7,300万人である。今から見ると驚くべき少なさだ。今は1億2,700万人。つまり、この60年ほどの間に日本の人口は5,000万人も増えたのである。「日本の戦後の奇跡的な復興・経済発展」と言われるが、考えてみればこの日本の成長は人口の爆発的な増加でかなり説明が付く。仮に今の日本の人口が戦後直後と同じ7,300万人だったら、日本の形はかなり違ったはずだ。

世界を見ると、先進国ではおしなべて人口は横這いから減少に向かっている。ヨーロッパも大部分の国がそうだし、日本は既に人口減少パターンに入った。例外はアメリカで、この国は今でも毎年250万人も人口が増加している。2006年に3億人の国になったが、2043年には4億人になると予想されている。中西部の白人一家の子だくさんと移民(合法・不法を問わず)が入ってきているためだ。

一方ブラジルを含めて、インドや大部分の途上国の人口は増加気味である。人口が増えればその国の購買力は増加し、需要は増え、企業は潤い、人をより雇う。雇われた人はまた買い物をするというわけだ。もっとも、ただ人が増えただけでは経済にプラス要因にはならない。モノやサービスを買える力がないと、一般的に“消費者”にはなれない。

その意味で先週紹介した“ボリューム・ゾーンの人々”の増加は、世界経済にとって非常に大きなプラス要因である。筆者の印象だと、ボリューム・ゾーンの人々は今後も増加する。例えば、昨年行ったベトナムでは典型的な若手工場労働者の月収は8,000円くらいだ。年収にして10万ほど。まだボリューム・ゾーンに入ってきていない。ということは、時間の経過の中で、彼等も大きな購買力を持つ消費者、企業の製品販売のターゲットに入ってくると言うことだ。

つまり、アメリカが金融危機でむしろ需要を抑制せざるを得ない事態が続くと想定しても、今の世界では途上国からの需要が期待できることになる。問題はその規模が豊かなアメリカの消費者の総購買力よりはまだ弱いことだ。

技術革新も大きな要素

需要を伸ばすのは、人口の増加だけではない。戦後の日本がテレビや乗用車の大幅な需要増加の中で成長したように、技術革新を受けた新製品が人々の消費意欲を刺激し、それが経済の成長をもたらすこともよく知られている。この「技術」と「それを基盤とする商品とサービス」が成長要因として優れているのは、人口の増加を伴わなくても経済を強く成長させる力があると言うことである。

例えば日本でテレビが普及した60年代を考えてみると、とにかく人々は競うように買った。力道山が見たい、王・長島を見たい、そして東京オリンピックが見たいというわけだ。「隣が買ったらウチも買う」という勢いだったから、当時の日本が「戦後の奇跡」と言われるほど成長したのは良く理解できる。人口の増加に加えての技術革新によるモノの需要の増加があった。

今の日本では人口の増加は止まっている。加えて移民導入にはいろいろと大きな問題がある。むやみに人口が増える社会を作れば良いというものでもない。ということは、今は低成長に悩む日本がやらなければならないことは、「技術革新」と「それによる新しい需要の掘り起こし」だと言える。

実は技術革新はいろいろなところで起きている。例えば今車は100年に渡った内燃機関の時代からハイブリッド、さらには電気の時代に移行しつつあるし、新しい電力源としての太陽光発電も注目されている。万能細胞の開発競争も活発だ。こうした技術の転換期をうまく「需要」に結びつけていくことが必要である。明るい兆しもある。過去一年の車不況の中にあって、ホンダのインサイトとトヨタのプリウスというハイブリッド車の売れ行きが抜きん出ていた。人々は技術革新を受けたニーズにあった商品が出れば喜んで購入することが分かった良い例だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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