取引の速さ・安さ・国際性を追求する
今年(2011年)に入って急加速してきた証券取引所の世界的な再編は、ここへきて風雲急を告げようとしています。ニューヨーク証券取引所(NYSE)などを運営する世界最大の証券取引会社NYSEユーロネクストが、ドイツ取引所との合併を発表したのは2月9日のことです。ところが4月1日になって、今度は米ナスダック市場を運営するナスダックOMXグループが、先物取引などに強い米インターコンチネンタル取引所と連携して、そのNYSEユーロネクストに敵対的買収を提案しました。
こうした取引所の世界再編は、実は2006年~08年にも活発化したことがあります。取引に対する投資家の要求が厳しくなるのにともない、取引所にとっては高速の注文処理能力を備えた最新鋭システムの開発が不可欠となっています。その開発コストを軽減するため、M&A(合併・買収)を通じた規模の追求が避けられないという事情は、以前も今回も同じです。
今回とくに注目したいのは、再編劇の背景としてPTS(私設取引システム)の存在が大きいことです。PTSは既存の取引所を介さずに証券会社などが直接、電子取引システム上の市場で株式などの売買を仲介する仕組み。既存の取引所より取引のスピードが速く、手数料も安いため、ヘッジファンドなどプロの投資家から大きな人気を集めています。PTSには、既存の取引所では難しい複数の国の銘柄を豊富にそろえられるという強みがあり、その点でも国際分散投資を目指してグローバルに資金を動かす大口投資家のニーズにマッチしています。
今年2月には米国のPTS大手であるBATS・グローバル・マーケッツが、欧州のPTS大手のチャイエックス・ヨーロッパを買収すると発表しました。この結果、欧州市場では両者によるPTS連合が株式の売買代金シェアでトップに立つことになります。国境を越えた取引所の合従連衡には、PTSという新興勢力への対抗措置としての意味合いも強いわけです。
もうひとつ、収益性の追求という狙いもあります。なかでもいま取引所がこぞって力を入れようとしているのが、先物やオプションなどデリバティブ取引の強化です。投資家にとって魅力的な上場企業の数を増やすのは簡単ではありませんが、一方でデリバティブは、投資家のニーズに合わせて取引所が独自に商品を開発することが可能です。上場審査などにかかる管理コストが小さくて済む上に、手数料の引き下げ競争も起こりにくいため、デリバティブ取引には現物取引よりも高い収益性が期待できます。
東証と大証は経営統合後の戦略がより重要に
これまで再編劇の「蚊帳の外」にいるといわれてきた日本も例外ではありません。3月10日に東京証券取引所(東証)と大阪証券取引所(大証)が、経営統合へ向けた協議に入ることを発表しました。
両者の経営統合が実現すると、証券会社がそれぞれの取引所に手数料を払わなくて済むようになり、その分、投資家の取引コストの低下につながります。企業にとっても重複上場の維持コストが軽減されるといったメリットが期待できます。また、東証は現物株取引においては国内シェアの90%以上を占めていますが、デリバティブでは7%程度にすぎません。国内シェアが50%を超える大証のデリバティブは、新たな収益源として魅力でしょう。
統合の方法に関して両者に思惑の違いがあることや、東証が早ければ今秋にも株式上場を予定しており、経営統合よりもそちらを優先していることなど、いくつかクリアすべき課題は残っています。東日本大震災の影響で具体的な動きはしばらく先になりそうですが、とにもかくにも日本市場の再生を目指して取引所が重い腰を上げたことは評価できると思います。
本当の課題はむしろ経営統合の後にあるのではないでしょうか。現在のところ、私たち日本の投資家や海外の投資家が、東証や大証で海外の個別株式に幅広く投資したり、逆に海外の取引所を通じて日本株により低コストで投資するといったことは実現していません。つまり、東証と大証が経営統合したとしても、いずれは海外の取引所と何らかの形でつながらなければ、投資家が利便性の向上を具体的に実感することはできないわけです。
とくに株式売買の6割以上を海外投資家が占める東証にとって、国境を越える資金を今後さらに呼び込むためには、高成長の新興市場など、投資家の間で人気が高い取引所との連携が不可欠となってくるとなってくるでしょう。世界再編に際して、東証や大証が相手に飲み込まれないようにするためにも、両者の経営統合協議は重要な意味を持つといえそうです。