原油価格の高騰が世界的な経済減速をもたらす
中東・北アフリカにおける政情不安のドミノ現象に関して、まず懸念されるのは、このところ上昇が続いている原油価格の動向です。
チュニジアとエジプトに端を発した反政府運動が、原油埋蔵量で世界8位の産油国リビアに拡大し、さらに中東最大の産油国サウジアラビアなどにも飛び火するリスクが表面化したことで、原油供給に対する市場の不安は一気に高まりました。世界の原油価格の指標となるニューヨークのWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物は、今年(2011年)3月7日に一時、1バレル=106ドル台と約2年半ぶりの高値をつけています。
一般に原油高は、ガソリンや電気・ガスなどのエネルギー価格上昇というかたちで私たちの家計を直撃し、個人消費を停滞させる要因となります。企業にとっては原料コストが上昇するほか、コストアップ分を自らが吸収せざるを得ないケースもあり、収益の悪化につながります。ようやく軌道に乗りつつある日米欧など先進国の景気回復に、原油価格の高騰が水をさす恐れが出てきたわけです。
新興国のインフレにも注目が必要です。新興国では支出に占めるエネルギーや食料の割合が大きいため、原油など1次産品の価格高騰がインフレにつながりやすいという特徴があります。中国やインド、ブラジルなどの新興国は現在、いずれも物価上昇を抑えるために金融引き締めを繰り返していますが、それによって通貨高が進むと輸出にはマイナスに働きます。石油燃料に対する補助金などの増加が国家財政を悪化させるという懸念もあり、原油価格の高騰が結果として、新興国の経済を減速に向かわせる可能性も否定できません。
OPEC(石油輸出国機構)による原油増産の余力は現在、日量で約520万バレルありますが、仮にリビアとアルジェリアで原油供給が止まれば、増産余力は一気に約230万バレルまで減少します。これはWTI先物が2008年7月に1バレル=147ドルの史上最高値をつけた時期とほぼ同じ水準にあたります。さらに政情不安がサウジアラビアにまで波及した場合には、WTI先物が史上最高値を更新するのは確実と市場では見られています。
一方で、今回の原油価格高騰は需要増加ではなく供給懸念が主因であることから、サウジアラビアなどへの騒乱波及が回避されて事態が一段落すれば、原油価格は急落するという見方もあります。いずれにしても、短期的な原油価格の動向は、中東・北アフリカにおける政情不安がどの国まで拡大するかがカギとなるでしょう。
新興国で人件費上昇の動きが本格化する可能性も
そもそも今回の政情不安は、なぜ起こったのでしょうか。IMF(国際通貨基金)の統計で2009年の1人当たりGDP(国内総生産)を見ると、チュニジアが4,170ドルで中国やタイを上回り、エジプトも2,450ドルでインドネシアと同水準であることがわかります。両国はいずれも過去10年間に年率5%前後の成長を遂げ、BRICsに続く有望新興国の一員にも数えられていました。リビアやバーレーンなども含めて、各国の反政府運動は「貧しさ」に起因するものではありません。
むしろ国民の所得や生活水準が上がり、情報が流通して世界情勢や自国の政治・経済への理解が進んだ結果、「分配の不公平さ」に対する不満が爆発して、民主化要求のうねりを生んだというのが実状です。民主化が本当に実現するのか、現時点では定かではありませんが、少なくとも今回の騒動をきっかけに、分配の平等に対する意識と要求が他の地域の新興国でも強まっていくことは確かでしょう。
すぐに思い起こされるのが、中国で昨年起きた工場労働者の賃上げ要求です。中東・北アフリカの政情不安を受けて、中国では今後、体制の動揺を防ぐために労働者や農民への分配拡大を図っていくことになりそうです。実際に中国の指導部は今年3月8日、全国人民代表大会(全人代)の記者会見で、今年から始まる新たな5カ年計画の期間中に労働者の法定最低賃金を上昇させていく方針を示しました。
中国で人件費の上昇が本格化すると、日本企業はもちろん、低コスト労働力を前提に中国を世界向け輸出の生産拠点としてきた多くのグローバル企業が、ビジネス戦略の見直しを迫られることになります。人件費上昇の動きはやがてアジア各国へ、場合によっては世界中の新興国へと拡大していく可能性もあるでしょう。少々大げさかつ悪い言い方をするならば、過去数百年にわたって時々の先進国が途上国から搾取することで成立してきた資本主義のシステムが、大きな転換点を迎えることになるかもしれません。