未成熟な債権国から成熟した債権国へ
財務省の発表によると、2011年における日本の「貿易収支」(輸出額-輸入額)は2兆4,927億円の赤字を記録しました。第2次石油危機後の1980年以来、31年ぶりに貿易赤字へ転落したことになります。ただし、日本の国際収支全体の状況を表す「経常収支」は、いまだに黒字を保っています。
以前(Q&A「貿易収支赤字の影響」)にも紹介したように、日本が貿易赤字になっても経常収支で黒字を維持できているのは、日本の企業や個人が海外に保有する資産から得られる配当金や利子などの「所得収支」が、他の赤字を補って黒字だからです。例えば2011年1月~11月の合計でみると、所得収支は13兆3,290億円の黒字でした。貿易収支など他の3つの収支項目はすべて赤字でしたが、それらを差し引いても経常収支は9兆3,254億円の黒字となっています。
今後の懸念は、貿易赤字の定着・拡大や海外保有資産の取り崩しなどによって、いずれは経常収支も赤字になるのではないかということです。悲観的な専門家は、貿易赤字の慢性的な拡大傾向はもはや避けがたく、早ければ2015年ごろにも経常赤字に転落して、国債利回りの急上昇が現実味を帯びてくると警告しています。欧州債務危機の例からも分かるとおり、スペインやイタリアのような経常赤字国は市場の標的となりやすいからです。
一方で、貿易赤字や経常赤字に対して、それほど神経質になる必要はないという指摘もあります。ひとつの根拠になるのが、貿易収支や経常収支の動きが一国の経済の成熟度に深く関係していると説く「国際収支の発展段階説」です。
この学説によると、経済の発展段階は「未成熟な債務国」から「債権取り崩し国」まで6つのステージに分類されます。そのうち第4ステージにあたる「未成熟な債権国」では、貿易収支も所得収支も黒字ですが、やがて貿易赤字に転落し、それを所得収支の黒字が補う「成熟した債権国」(第5ステージ)に移行するとされています。ちょうど現在の日本が、未成熟な債権国から成熟した債権国への移行期にあると考えられます。
対外と対内の両面で直接投資を増やすべき
言い換えると、日本はかつての「輸出立国」から「投資立国」への転換を図りつつあるわけですが、その時期が想定より早かった分、投資の中身には少なからず問題が残るようです。日本は所得収支の黒字が外国債など債券からの利子収入に偏っており、海外での工場建設や海外企業のM&A(合併・買収)といった直接投資からの配当収入は少ないのが現状です。
2010年末の対外直接投資残高を名目GDP(国内総生産)比でみると、英国の75%、ドイツの43%、米国の33%に対して、日本は15%に過ぎません。直接投資の収益率も2010年に米国が8.9%、英国が7.5%なのに対して、日本は4.6%にとどまっています。日本が成熟した債権国へと本格的に脱皮を図るうえでは、円高のメリットを生かして新興国への直接投資を増やすなど、所得収支の黒字を量と質の両面からさらに充実させていく努力が必要でしょう。
ちなみに米国と英国は、所得収支こそ黒字ですが、貿易収支と経常収支は赤字です。国際収支の発展段階説によると、米国と英国は最終ステージの債権取り崩し国にあたります。特徴的なのは、いずれも海外から大量の直接投資や証券投資を国内に呼び込み、それをもとに余剰資金を海外に投資して、所得収支の黒字を稼いでいること。米国も英国も、国際収支全体としてみると海外に対する負債が大きい債務国なのですが、いわばその負債に支払う利子よりも、海外保有資産で稼ぐ利回りの方が高いのです。
もちろん、どんな国でも米国や英国の真似ができるわけではありません。米国は基軸通貨国として、英国は世界の金融センターとして、それぞれ外資に魅力的な投資機会を提供し、世界中から投資資金を継続的にひきつけていることが、債権取り崩し国としての振る舞いを可能にしています。
ただ、これから成熟した債権国に向かう日本にとっても、米国や英国の巧みな資産運用と資金調達に学ぶところは多いと思われます。なかでも海外からの直接投資の呼び込みは、所得収支の充実を図ることに加えて、国内経済の空洞化にともなう所得と雇用の問題に対しても、ひとつの解決策を与えてくれます。日本が今後、対外直接投資とともに対内直接投資も増やすことができれば、国際収支の改善にとどまらず、その意義は大きいといえるでしょう。