1. いま聞きたいQ&A
Q

アベノミクス「新3本の矢」について、その意味や狙いを教えてください。(後編)

安定財源と人材の確保が最大の難関

政府が今年(2015年)11月26日にまとめた「一億総活躍社会」実現へ向けての緊急対策では、アベノミクス新3本の矢のうち、特に「希望出生率1.8」と「介護離職ゼロ」につながる政策が大きくクローズアップされています

希望出生率1.8に向けては、保育施設を従来目標から10万人上乗せして17年度末までに50万人分増やすほか、幼児教育無償化の段階的な実施や3世代同居を促進するための住宅整備なども盛り込まれました。介護離職ゼロに関しては、介護施設・在宅サービスを20年代初めまでに50万人分増やし、介護休業の分割取得や休業中の給付金引き上げなども実現させる計画です。

これらの施策には生産年齢人口を将来にわたって維持することはもちろん、子育てや介護と仕事の両立を図ることで就労人口の減少を防ぎ、消費の増加や経済成長につなげるという狙いもあります。新3本の矢の「名目国内総生産(GDP)600兆円」が企業による賃金引き上げや設備投資の増加など、実体経済の顕在部分に働きかける政策だとするならば、希望出生率1.8と介護離職ゼロは実体経済の潜在部分に働きかける政策といえるでしょう。

こうした意味分けも含めて考えると、新3本の矢の概念についてはなかなかよくできていると思うのですが、財源をはじめとする実現可能性には早くも疑問の声が上がっています

政府は緊急対策の財源を確保するため、3兆円超の規模で15年度補正予算を編成し、そのうち数千億円を保育・介護の受け皿づくりなどに充てる方針です。ただし、保育と介護を合わせて100万人分にも上る施設整備は、とても1回限りの補正予算で対応できるものではありません。幼児教育無償化などは16年度予算に反映させたい意向のようですが、これについては必要額も明示されていません。何のことはない、いずれの施策についても現時点で最終的な予算規模や安定財源の見通しは立っていないわけです。

加えて懸念されるのが人材確保の問題です。今年9月の有効求人倍率をみると、全産業平均の1.24倍に対して保育士が1.85倍、介護職が2.72倍とすでに双方とも人手不足が深刻な状態です。保育分野では従来の「17年度末までに40万人分の施設拡充」という目標でも、保育士が6.9万人不足するといわれていました。介護人材も厚生労働省の推計によると10年後の25年に約38万人不足する見込みです。

緊急対策では保育人材の確保について、保育士の配置基準の見直しや小学校の教諭免許を持つ人による代用など、当面は規制緩和で対応する方針です。介護人材の確保に向けては、復職する介護士への再就職支援策や、介護福祉士を目指す学生を対象とした学費貸付枠の拡大などが盛り込まれています。

しかしながら、保育も介護も職員の給与は全産業の平均に比べて月10万円ほど低く、こうした待遇面が改善されない限り人材確保は難しいのが実情です。賃金改善策は政府が来春まとめる予定の「一億総活躍プラン」以降に先送りされましたが、ここでもやはり財源という課題がつきまとうことに変わりはありません。専門家の間で、職員の処遇改善だけでなく外国人材の活用も強化すべきとの提言が上がっているのも、財源確保の難しさを反映してのことでしょう。

就労や介護のあり方に多様な選択メニューを

さらに違った方向から実現可能性を危ぶむ声もあります。例えば日本で1人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は、14年時点で1.42と先進国のなかでも低い水準ですが、その要因は保育所の不足や経済的負担といった問題だけではありません。慢性的な残業や頻繁な転勤を強いられる日本企業の働き方も大きな制約要因となっていることが考えられます

ある専門家は、こうした日本人の働き方を改革すると同時に、社員一人ひとりの生活に対する意識改革も進まなければ効果がないと指摘しています。

職場では、子育て中の女性から独身者の男性まで、さまざまな生活環境の社員が混在しており、同じ世代でも働き方改革が必要な人と不要な人に分かれます。結局のところ、仕事以外にも生きがいや人生の目標を持つなど、オン・オフの切り替えに対する意識の高い社員がもっと増えてこない限り、労働時間の短縮や男性の育児参加などは本格化しないわけです。同じように介護の現場でも、膨大な介護需要を家庭や施設、さらには地域や職場でどのように受け止めていくのかという根本的な意識の問題を避けては通れないでしょう。

もちろん、人々や社会の意識改革は一政権の経済政策が担える種類のものではありません。しかし、安倍政権が「一億総活躍社会」をうたって人口問題という難題に本気で取り組むならば、就労や介護のあり方に多様な選択メニューを用意するなど、少なくとも意識改革につながる道筋ぐらいは明確に示してほしいものです。それが実現するのなら、私たち国民にとって数値目標の達成・未達は、それほど大きな問題にはならないような気がします。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。

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