実施してもしなくてもリスクは避けられない
今年(2013年)の夏、大きな関心を呼んだのが、消費税率を2014年4月に予定どおり現行の5%から8%に引き上げるべきかどうかという問題です。安倍晋三首相は8月末、消費増税の影響を検証する集中点検会合を開き、6日間で有識者60人から意見を聞きました。結果として有識者の7割強が引き上げに賛成でしたが、安倍首相は最終判断の10月上旬へ向けて慎重な姿勢を崩していません。
この問題のポイントは、消費増税を予定どおりに実施しようがしまいが、いずれにしても経済的なリスクは避けられないという点にあります。。消費増税を実施した場合のリスクは、アベノミクスによってようやく緒に就いたデフレ脱却や景気回復が頓挫してしまう懸念です。一方で消費増税を先送り、あるいは見直した場合には、日本の財政再建に対する覚悟のほどが世界から疑われ、国債の信認が揺らいで国債価格が暴落(長期金利が急騰)するリスクが考えられます。
いつものことながら、それらのリスクが実際に顕在化するか否かは、蓋を開けてみなければ分かりません。ただし、少なくともこうしたリスクが一定の確率で存在する以上、基本的にはそれぞれのリスクの「どちらがより深刻で対処が難しいと考えられるか」によって、消費増税の是非はおのずと決まってくるように思われます。
例えば消費増税が景気に及ぼす影響について、よく指摘されるのが前回の1997年の事例です。同年4月に当時の橋本龍太郎内閣が消費税率を3%から5%に引き上げましたが、それを機に消費や投資が冷え込み、景気は減速に転じます。97年度の経済成長率は0.1%と前年度の2.7%から急落し、翌98年度にはマイナス1.5%まで落ち込みました。この消費増税が、その後15年に及ぶ長期デフレの原因になったと見る専門家もいます。
一方で97~98年の景気減速は、消費増税に加えて所得税の特別減税の廃止や金融システム不安、アジア通貨危機などのネガティブ要因が複合的に作用したものであり、今日とは経済環境が異なるため、参考にはならないという意見もあります。今回は増税の影響を緩和するために、補正予算など追加の財政出動や法人減税、投資減税といった減税措置が検討されているほか、強力な金融緩和も継続中であることから、消費増税を予定どおり実施しても前回ほどの影響は出ないという見方が大勢を占めています。
先送りの場合はアベノミクスも信認を失う
消費増税を予定どおりに実施せず、国債価格が暴落した場合、「財政政策でも金融政策でも対応は難しい」と日銀の黒田東彦総裁は語っています。一度起こってしまうと取り返しがつかないという意味において、そのリスクが極めて深刻なことは確かです。しかしながら、消費増税の先送りによって取り返しがつかなくなりそうなのは、国債だけではありません。
国の借金が1,000兆円を超えるという世界最悪の財政状況のもと、国際的に見れば低水準にある消費税率の引き上げが避けられないことは、もはや国内外におけるコンセンサス(共通認識)と言ってもいいでしょう。アベノミクスが究極の目標として日本経済の再生を目指すものならば、そこには当然、すでに閣議決定されている消費税率の引き上げもメニューのひとつとして含まれることになります。
幸いなことに、アベノミクス効果によってデフレ脱却と景気回復の兆しが現れ、衆参国会のねじれも解消するなど、現時点で消費増税を実施しやすい環境は整っています。それでも消費増税に踏み切れなかったとしたら、ほかでもない、アベノミクスと安倍政権が国内外で信認を失うことになるのではないでしょうか。安倍首相は2020年の開催が決まった東京五輪を「第4の矢」と呼びたいようですが、経済再生への本気度をアピールするという点でいえば、消費増税こそが「第4の矢」なのかもしれません。
米国の市場関係者による試算では、気の遠くなるような数字が示されています。日本がデフレから脱却して年率2%のインフレを実現し、年金給付などの歳出削減も十分に実施したうえで、今後5年おきに消費税率を5%ずつ段階的に引き上げていったとします。それでも財政収支が安定するためには、ピーク時で32%の消費税率が必要だというのです。
消費増税のスケジュールを先送りすれば、ピーク時に必要な税率はさらに高くなります。こうした試算にどれほどの信ぴょう性があるのか定かではありませんが、消費増税の実施が遅れれば遅れるほど、財政的に同じ効果を持つ税率引き上げ幅が大きくなっていくことは心しておくべきでしょう。