1. 先駆者たちの大地

先駆者たちの大地

理化学研究所第三代所長・理研産業団創始者 大河内正敏

1921~1925年(1) 「どうですか」で自由な研究を広げる

大河内は、内部の改革から手をつけた。若年の大河内にとって、長岡、池田、鈴木、本多らは大先輩である。これら猛者をいかに動かすか。考え抜いた末に、物理・化学部を廃止して研究室を独立させ、主任研究員にテーマ、予算、人事の一切を委譲する「主任研究員制度」を導入した。これにより、研究に専念できる環境が整った。

次は、基金不足と金利低下の二重苦にあえぐ運営資金の問題である。細々とやっていては成果はあがらないと考えた大河内は、恩賜以外の基金を取りくずす決意をした。「5年を経ずして基金はなくなるだろうが、成果さえあがっていれば政府も無視できまい」と、反対意見を押し切って、積極的に最新の実験機材や試薬、文献の購入を進めた。
理化学研究所はようやく所長に適材を得た。大河内は所長室に早朝から詰め、所内をくまなくまわって、若い研究員に声をかけた。
「どうですか」「物理が化学をやっても自由です」「本は家で読めます、独創研究のために実験をどんどんしなさい」
事務方には「研究者がいってきたら、一等良いものをすぐってやれ。気が乗ったときにやらないと研究能率が落ちてしまう」ともいった。
「どうですか」は大河内の口癖だった。東大でも、私費で助手や補助員を雇って実験をやらせ、谷中の邸宅からフィアットで研究室にやってきて「どうですか」、講義を終えて「どうですか」、貴族院から戻って「どうですか」を連発するので、助手は休むひまがなかった。理化学研究所にも、研究補助を目的とする工作部を新設した。

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IRマガジン1999年2-3月号 Vol.36 野村インベスター・リレーションズ

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