1. 金融そもそも講座

第163回 各国経済の強さと弱さ PART34(韓国編)
財閥に対する憧れと反発

韓国における自国に対する悲観論は、サムスンの業績の変化と非常に似た軌跡をたどっている。同社が日本の家電メーカーを追い抜く形で世界に進出し、業績もうなぎ登りだった時期には悲観論はあまり見られなかった。むしろ日本なにするものぞ、の強気論が多かった。

しかし同社がアップルと覇を争って破れ、同時に中国メーカーの追い上げを受けて同国でのシェアを落とし始めた頃から悲観論が強まった。そしてサムスンの業績が悪化をたどったここ数年間に、それは著しく高まった。今はやや落ち着いた状態になっている。直近のサムスンに業績底打ちの兆しが見えたことと軌を一にしている。つまり韓国の悲観報道の量と深度は、筆者に言わせるとサムスン次第なのだ。なぜか?

サムスンが2割の韓国経済

それは韓国経済におけるサムスンの占める地位が、あまりにも圧倒的だからだ。このことに気がついたのは今から10年以上前。当時は結構頻繁に韓国を訪れていたが、韓国の友人達との会話で気が付いたことがあった。それは

  • ・韓国の株式市場の時価総額の22%
  • ・全企業の純利益の25%
  • ・全輸出の16%
  • ・貿易黒字の三分の一

を、その当時サムスンが占めていたという事実だ。

つまり当時のサムスンは韓国経済全体の2割を占める企業という位置付けだった。これは日本をはじめ世界の先進国ではほとんど例が無い。つまり韓国経済はサムスン次第だったし、実は今もそうだといえる。

例えば日本を代表する企業であるトヨタ自動車の時価総額が東京市場全体に占める割合は、数年前に調べたときは僅か5%程度だ。トヨタ株が下がった今はもっと低いはずだ。むろん韓国経済におけるサムスンの地位は、年によって多少の変化はある。しかし2012年に調べたときもあまり大きな変化はなかった。

ちなみにその時の調べでは韓国証券取引所の上場株式の時価総額とサムスングループの合計額を比較したら、サムスン電子のみで17.4%を占め、グループ全体で24.9%に達していた。つまり韓国経済は今でも日本の我々が想像する以上にサムスン依存なのだ。また税金の支払額は韓国証券取引所の上場会社の合計法人税等支払額と前年の上場サムスングループの合計額とを比較した場合、サムスン電子のみで14.4%、グループ全体では18.1%に達していた。

国民の心理も左右

サムスンが韓国経済に占める比重の大きさは統計上だけではない。心理的にも韓国の人々に大きく影響しているように見える。一つは憧れであり、もう一つは反発だ。

憧れについてもっとも驚いたのは、「韓国就活、4人に1人サムスン志望 大企業人気映す」という13年10月の日経新聞の記事だった。当時の同紙ソウル特派員によるもので、「韓国で一部大企業の採用に韓国の学生が殺到している。サムスングループの13年の大卒相当社員の募集には、新卒予定者のほぼ4人に1人に相当する18万人が応募した。世界ブランド企業に活躍の場を求めるという理由に加え、韓国経済の低調で採用を絞る企業が増えているという事情もある」と伝えている。これには本当に驚いた。日本には就活生の4人に1人が志望する会社などない。

サムスンの13年下期採用には実際に10万人超が応募した。韓国では年2回就職試験がある。上期は8万人だったので、年間で18万人超がサムスンに応募したことになる。それにしてもすさまじい数字だ。韓国では大学と大学院の卒業・修了者数は年66万人程度。サムスンが筆頭だが、同グループに次ぐ財閥グループとされる現代(ヒュンダイ自動車・造船など)にも殺到した。つまり韓国の就活生にとってサムスンなど財閥企業は、憧れの的なのだ。

国際的に名の通った会社に勤める世間体の良さ、スマートフォンなどの身近な商品、そして中小企業の2倍以上になる給与など。韓国の就活生の間では「サムスンにあらずんば人にあらず」という言葉も聞かれるという。もっとも同社は信賞必罰の社風で、私の友人でも30代、40代で会社を去った人がいる。結局のところ、費用対効果はどうなんだろうと疑問に思う。費用には大学を卒業するまでに掛かったコストや、就職のための専門学校通学費などが入る。しかも、しばしばそれらは縁故のある人に負ける。それでも、サムスンは韓国の就活生の憧れなのだ。

その一方にあるのが反発だ。前回、「とにかく財閥の娘、息子達がお金にものをいわせてクリーニング屋からパン屋から開業しては庶民の店を潰していく。その横暴ぶりはひどい」という話を紹介した。世の常だが、憧れとは一方でそれを拒否されたときに反発を生む。

サムスンなど財閥に対する韓国の人々の感情は複雑なのだ。大韓航空の「ナッツ・リターン事件」でもそれを見た。財閥一族が起こした事件、従業員に対する横柄な口の利き方など条件はそろっていた。この事件について詳しくは書かないが、韓国の一般国民の財閥またはその一族に対する「反発」が一番顕著に噴出した事件だった。

経済政策は財閥が決めた

去年の秋に韓国の友人と食事をした際、突然「伊藤さん、韓国の経済政策は誰が決めていると思いますか?」と質問された。政策は政府が決めるというのが日本の常識だが、それをあえて聞いているのだなと考えているうちに、彼が「私は財閥だと思っています」と言ったのだ。これには驚いた。韓国における政策決定プロセスに詳しくはないので、そんな風に思っている人がいるのかという印象だった。しかし様々な情報を組み立てると、そうとも思える。

前回の大統領選挙の争点の一つは経済民主化だった。これは解説なしには日本人には理解不能だ。何を指すかというと「サムスンや現代などの財閥が韓国経済において特権的な地位を占めていてよくない。それを民主化する必要がある」という視点から生まれた発想・主張だ。とっくに財閥解体が行われた日本では縁遠い言葉だが、韓国は選挙の争点になる。

なぜ韓国ではそれほど大企業(財閥)の存在が大きいのか。その一つの背景として、他のOECD加盟国(経済協力開発機構)に比べた場合の「中小企業の地位の低さ」がある。そもそもその範疇(はんちゅう)に入る企業の数が、韓国の場合は相対的に少ない。部品や部材などは日本などに依存して、自前での分厚い中小企業群の育成をしてこなかったからだ。輸出振興のために、韓国は競争できる分野での大企業(財閥)育成を優先した。そのいくつかは確かに世界でも競争力を持ったが、急ごしらえ、基礎技術・体力不足の印象があった。それが今の先進国企業を抜けず、一方で中国企業に追いつかれるという厳しい状況を生んだ。

私の友人に「韓国の経済政策は財閥が決めている」と言わせしめた、韓国のこれまで。それが行き詰まったからこその悲観論であり財閥への反発だろう。しかしそこからの再出発の道はまだ描けていない。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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