1. 金融そもそも講座

第164回 各国経済の強さと弱さ PART35(韓国編)
利下げに踏み切った韓国中銀

金融市場がにわかに風雲急を告げてきた。この原稿が掲載される直後の6月23日に、EU残留か離脱かを巡る英国の国民投票を控えているためだ。結果判明はおそらく日本時間24日金曜日の昼ごろ。当初、マーケットには英国民の選択はやはり“残留”だろうとの楽観論があった。しかし投票日が迫る中で、もしかしたら“離脱”になるかもしれない、との見方が強まっている。世論調査では一時、離脱派が勢いを増したからだ。しかしその後、残留派が勢いを盛り返したり、情勢は流動的だ。

枠組みの大きな変化はマーケットにとって大きな不安要因。英国のEU離脱は他の欧州大陸諸国が同様の選択をする先例になるかも知れない。その意味でもマーケットが懸念するのは当然だ。これについては投票の結果が出た後に、韓国についての連載を中断して取り上げたい。現時点ではまだどちらとも予想しがたいので、今回は韓国編を続ける。

利下げに踏み切った韓国中銀

今回は韓国経済の現状を見ておきたい。話のきっかけは韓国銀行(中央銀行)が6月9日に打ち出した利下げだ。事前の大方の予想は据え置きだったが、結果は政策金利を年1.5%から年1.25%に25bp(ベーシスポイント)引き下げるというもの。ある韓国の新聞はこの利下げを「電撃的」と表現した。

端的にいって利下げ理由は、同国の景気が内需、外需とも弱く、特に今年下半期についてさらに悪化するとの見通しが強くなったことだ。「中銀としても利下げに伴う副作用を覚悟の上で動かざるを得なかった」(金融アナリスト)というのが当たっている。

まず、輸出が低迷している。既に本連載では韓国経済の輸出依存度が非常に高いことは指摘してきた。世界銀行の2014年の統計によればGDPの50.6%(同年の日本は16.2%)に達しているとされる。ところが韓国経済の柱であるこの輸出が今年5月まで、17カ月連続して前年同月を下回った。これは韓国経済にとって大きなマイナス要因だ。

背景は世界的な成長率の鈍化、世界貿易の停滞傾向など。特に中国経済の著しい減速が大きい。これは過去に中国についての連載で何回も取り上げたので、改めて説明する必要がないだろう。加えて韓国では内需も弱い。それは韓国開発研究院などが発表する各種の内需指標でも明確である。背景としては以下の通りだ。

  • ・輸出不振の中で企業の防御姿勢が強まって賃金水準が全体的には低迷するなど、消費者が先行きに楽観的になれる材料がない
  • ・韓国経済の先行きに対する悲観論が強い中で、消費者がお金を使うことに慎重になっている

もう一つ付け加えるなら少子高齢化の中で、消費者の消費志向もモノ中心からサービス中心に徐々に移っていることなども挙げられるかもしれない。

1.25%という韓国の政策金利は、日本などに比べるとまだ高いように見えるが、実は過去最低。利下げは昨年6月以来だが、その前の韓国の政策金利の動きを見れば、いかにこの間韓国の金融政策が緩和に移行してきたのかが分かる。同国の政策金利は13年5月から14年7月まで2.50%での据え置きが続いたが、14年8月に2.25%、10月に2.0%、15年3月に1.75%、同年6月に1.5%に引き下げられた。

構造調整業種の存在

去年6月以降利下げはなく、今回もないというのが大方の見方だったのは、副作用が懸念されていたからでもある。まず資本流出の恐れだ。米国が利上げにかじを切る中で韓国が利下げを断行すれば、米国の方が優位と見た資本が大量に流出しかねない。90年代後半に通貨危機で国家破綻の危機を経験した韓国では、資本流出への懸念が今でも強い。加えて、ただでさえ高い韓国企業や家計の債務比率が利下げによって一段と高まるのではないかとの懸念もあった。

しかしこの二つの懸念は、米国が5月の雇用統計の悪化の中で当面利上げを見送る観測が強まったこと、韓国経済の落ち込みと今後の見通し悪化の鮮明化で手をこまねいていられなくなったことで後退した。中銀もこれ以上待つのは賢明ではないとの判断に至ったと思われる。ある韓国の新聞は、「市場からは金融通貨委員会(金通委、日本における日銀の金融政策決定会合に相当)が金利引き下げの“方向指示器”をあらかじめ点滅させていなかったという不満の声が出ている。ただし5月と6月の金通委の発表文を比較すると、韓銀の景気判断が時間が経つほど悲観的に変わっていったということが分かる」として事後的にではあるが、今回の利下げはある程度予想されたことだとの見方を示した。

では、なぜ下半期の韓国経済が一段の悪化になりそうなのか。それは同国経済が直面している構造調整圧力だ。焦点になっているのが造船業。韓国の造船業は高度成長を半導体とともにけん引してきた。しかし今やそのけん引産業は、同国の新聞の表現を借りれば“沈没寸前”になっている。造船ビッグ・スリーは現代重工業、サムスン重工業、大宇造船海洋だが、これら3社は昨年そろって過去最大の赤字に陥ったとみられている。特に大宇造船海洋については会社ぐるみの大きな不正が指摘され、捜査対象になっている。

韓国造船業不調の大きな背景には世界経済の減速に伴う受注減があるが、今までの戦略のツケが回ってきたとの観測も強い。それは技術力の向上を目指すのではなく、安値受注を繰り返したこと。もっと具体的にいえば、技術で先を行く日本の造船業と、急速に技術力を付けてきた中国に挟み撃ちになっているとの見方が強い。とにかく最近の韓国の新聞を見ると、この造船産業の苦境とその構造調整をどうするかに関する記事を見ない日がないほどだ。

求められる政府の対応

むろん産業界の構造調整は利下げでは解決しない。あくまで環境整備ができるだけで、李柱烈(イ・ジュヨル)韓銀総裁は「物価騰勢が鈍化した中で成長の勢いが回復しておらず、本格化する企業の構造調整が実物経済と経済心理に及ぼす否定的影響を先制的に緩和しなければならないという点も考慮した」と説明した。

韓国のような国は資本の流出を防ぐためには先進国より高い金利が必要だとされる中で政策金利が過去最低になり、見えてきたのは金融政策の限界だ。期待されるのは財政の出動と構造調整。同総裁も「通貨政策だけでは安定した経済成長は続けられない。積極的な財政政策の運用、その次に構造改革が必要だという原則は少しも変わらない」と述べている。この間の事情は、伊勢志摩のG7サミットで日本を含む世界の先進国首脳が(各国の可能な範囲での)財政政策の必要性に触れたのと同じだ。金融政策は世界的に行き詰まってきている。

政府も経済の苦境に手をこまねいているわけではない。前回から今回の利下げまで1年の間隔を空けることができたのは、政府が消費喚起のためもあって減税などの刺激策を取ったからだ。しかしそれも上半期で効果切れの兆しが見えた。それ故に韓銀による6月の利下げとなった。

実は李柱烈総裁率いる韓銀は構造調整にも貢献しようとしている。業績の不振に直面している造船や海運の調整に向けて、韓国では総額11兆ウォンの基金が設立されたのだが、韓国銀行はその大半を占める10兆ウォンを拠出した。つまりこの基金は中央銀行がファイナンスしたともいえるもので、韓国でも過去に例が無い。その意味では韓国の中央銀行は最大限の努力をしているともいえる。

しかし韓国経済立ち直りへのグランドデザインが描けないのが、朴槿恵(パク・クネ)大統領率いる政府だ。そもそも韓国にはアベノミクスに相当する大きな経済政策の枠組みがない。かつ朴大統領自身もそれほど経済に詳しいわけでもなく、経済にあまり関心がないのではないかと私の韓国の友人達も口をそろえる。さらに、前回の選挙で与党が大敗していて、政府が政策を決めても議会をなかなか通らない現状がある。韓国はそもそも成長を拒む諸要因(減少する輸出、低迷する内需など)に対して政府が動けていないという大きな問題を抱えている。

韓国経済の構造問題については、英国のEU離脱・残留問題の後に取り上げたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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