金融そもそも講座

各国経済の強さと弱さ PART33(韓国編)若者の間で充満する自国への不満

第162回

さて、今回からは隣国である韓国を取り上げる。朝鮮戦争の荒廃から「漢江の奇跡」を経て、1996年に先進国クラブともいわれるOECD(経済協力開発機構)に加盟し、家電、電子、造船、自動車などいくつかの分野では日本にとってもあなどれない競争国になった。しかし今、その韓国で先行き悲観論が充満している。統計を冷静に見ると堅調な部分もあるのだが、とにかく韓国経済の先行きを懸念する声が自国内から強い。その背景に何があるのか、そして韓国経済は今後どのような展開を示すのか、展望してみたい。

充満する悲観報道

筆者はほぼ毎日、ニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、フィナンシャル・タイムズなど世界の新聞をチェックする。それと同じように韓国の新聞(朝鮮日報、中央日報、東亜日報など)にも目を通す。広い視野・視点から世界を見るためだが、その中で何よりも最近ビックリしているのは韓国での先行き悲観論の充満である。

例えばこの文章を書いている2016年5月17日の韓国各紙を見ると、

  • 「ロボットは基礎技術の総合、日・米とは10年の技術格差」(中央日報)
  • 「大邱・光州のマンション保証金が4年前の売買価格より高い」(東亜日報)
  • 「空気の質、韓国は180カ国中173位=ディーゼル車の普及が原因か」(朝鮮日報)

など、分野は違うが読むと韓国の先行きに関して悲観的にならざるを得ない記事が見られる。この日はまだ少ない方で、今年の初め頃は非常に多く目に付いた。悲観記事があまりにも多く、ずっと韓国は大丈夫かなと思っているほどだ。

中でも驚いたのは、韓国の就職ポータルに掲載された調査結果だ。就活生445人を対象に「海外就労選好度」調査を実施。回答を寄せた就活生の87%強が、「機会さえあれば海外で就労したい」と回答したことが分かった。就労希望先は米国が26%で1位、以下、カナダ、欧州諸国、オーストラリア、日本と続いた。

日本では企業に入っても海外に行きたがらない若者が多いと聞いていただけに驚いたし、ショックだった。就活生はなおさらだろう。これはいかにも多いと思っていたのだが、この他にも数字は違うが同じような調査結果があった。2015年初めの韓国現代調査研究所の調査では、韓国の大学生の6割弱が海外就職を希望していることが明らかになっている。これは韓国国内や中国の報道機関が報じているものだ。その記事では「国内の就職難や職場でのプレッシャーに大学生が悲観的になっていることを示している」と解説している。

同研究所が韓国国内の高等教育機関132校の学生2,361人を対象に調査を実施したところ、「国内よりも海外での就職を希望していると答えた学生は59.3%に上った」という。いずれにせよ大学生、就活生が5割を越える割合で「海外で働きたい」と言っているという、日本では想像できない事態なのだ。

ヘル朝鮮という発想

そうした韓国嫌いな若者の考え方を象徴する言葉が「ヘル朝鮮」だ。この言葉は既にWikipediaの一項目にもなっている。それによるとヘル朝鮮とは、「韓国の主に20~30歳代の若者たちが韓国社会の生きづらさを『地獄のような朝鮮』と自嘲するために使うスラング」らしい。

2015年にSNSから広がり、その後メディアや文化人も頻繁に言及する流行語となったという。日本にも日本嫌いは多いが、「ヘル日本」「地獄の日本」とは言わない。日本の若者はごく一部の例外を除いて、日本で就職を希望し、その多くは日本企業だ。隣国なのにこの違いはどこから出てくるのか。

Wikiではこの言葉が生まれた背景として、「韓国の超競争社会による雇用不安と縁故採用がはびこる不公正な就職状況がある。韓国では過酷な受験競争を経て大学を出てもすぐ就職できないことは珍しくなく、2014年時点で20代の就業率は57.4%だった。高学歴層の就職競争は特にし烈である。反面、富裕層やエリート官僚による縁故採用がなくならず、政治的なスキャンダルにもなっている。結局、カネもコネも無い『第三身分』は勤勉に努力したところで安定したキャリアデザインを描けないという不条理な現実に対する憤りが、自国を否定するヘル朝鮮という言葉への若者たちの共感を生んだ」と指摘している。

韓国の現状に関しては、筆者の友人からもいろいろと話が聞こえてくる。

  • ・財閥の娘、息子達が、とにかくお金にものをいわせてクリーニング屋からパン屋から開業しては庶民の店を潰していく。その横暴ぶりはひどい
  • ・あまりもの就職難で、韓国の若者の間では「フライドチキン屋のオーナーになるのがオチ」との話がよく聞かれるし、実際に韓国では全国津々浦々にそうした店を見かける
  • ・これに加え、早期退職を迫られた中高年離職者が始めた参鶏湯(サムゲタン)や焼き肉の店がいっぱいあるが、その多くは十分な客を集められず経営難に直面する

韓国の若者の失業率は、人手不足で低下傾向にある日本からは想像もできないくらい高いが、これについては次回から取り上げる。

生まれた「絶望ラジオ」

ヘル朝鮮で自分の国、置かれた状況に不満を強める韓国の若者。そこで生まれたのがインターネット上の「絶望ラジオ」だ。このラジオ番組は、リスナーから寄せられる追い詰められた現状、社会に対する怒り、自分に対する絶望などに関する手紙やメールを、多くの場合そのまま放送する。

しかしMC以下の番組参加者は、それに同情して「もっと頑張れ」「いずれ良くなる」とは言わない。そこまでの内容の手紙やメールを寄せる人は既に追い込まれているので、むしろ逆に笑い飛ばしたり、冗談を言ってショックを与えるなど、自分自身による解決策の模索を促すのだという。

実はこのラジオ番組は、NHKの特集番組「BS1 ドキュメンタリー WAVE“絶望ラジオ”の若者たち~競争社会 韓国の街角で~」でも取り上げられた。筆者も興味深く見たが、絶望ラジオに寄せられる意見は実に多様で、みな悲惨だ。いくつか拾ってみた。

  • ・「借金が増え続けている。残高は7万ウォン(約7000円*筆者注)。携帯料金20万ウォン・水道料金10万ウォン未納。大学生に融資してくれるところを教えてください」
  • ・「履歴書を買うお金がなくアルバイトの申し込みさえできない」
  • ・「バイト先でお客がいないとき、バイト時間を減らすためにインターネットカフェでも行ってこい」と言われた
  • ・「1時間待たされた面接で、1時間半ほど外見のことを指摘された」
  • ・「郵便ポストに手を入れられないほど、返済の督促状が届いていた」

日本もそうだが、どの国にも絶望(特に若者の)はある。しかしこのラジオの内容を聞いていると、韓国は隣国でありながら日本とは随分と違う状況に置かれているのが分かる。それはなぜ生じているのか、それを今後見ていきたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から2週間程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。