1. 金融そもそも講座

第53回「相場自身が持つパワー」

今回は、「相場には相場自身にパワーがある」という話を書こうと思う。目先の出来事に振り回されて案外このことに気が付いていない人が多いと思われるからだ。

不安だらけの世界

今という時代はマーケットにとって不安要因が多い。前回までに取り上げた「ウォール街占拠運動」のような、今後どう展開するのか全く分からない動きが出てきたと思ったら、ギリシャ問題だ。ドイツのメルケル首相とフランスのサルコジ大統領が東奔西走して作り上げた“繊細”な、そして主にギリシャを救済対象とした金融支援包括策やユーロ残留の是非を「(結果が全く予測できない)国民投票にかける」と発表したりする。発表したのはパパンドレウ首相だが、ギリシャはそれを閣議決定してしまった。

欧州の中で最南部の地中海に面し、人口が1100万人強の小さな、そして域内でも比較的貧しい国が、欧州と世界のリーダーやマーケットを振り回している様には、ある意味あぜんとするばかりだ。人口が70億人に達した今の世界の中で、ギリシャは主に観光に頼る、人口も少ない小さな国なのに。

しかし、その国が決めたことが、世界を震撼させている。仮に国民投票(包括案を受け入れるかどうか)が「NO」と出た場合には、「パパンドレウ政権の崩壊」「ギリシャに対する国際支援の途絶」「ギリシャの金融メルトダウン」からさらに進んで、「ギリシャのユーロ離脱」「通貨ドラクマへの回帰」「ユーロシステム全体の見直し」などに発展する危険性がある。

これはギリシャ自身にとって、欧州にとって、さらには世界にとって一大事だ。今回のギリシャ首相の「国民投票実施決定」は、「国民の支持という点で、白黒付けたい」「自分の支持基盤を強めたい」という政治的意図を超えて、マーケットと世界全体にとって実に“危ない橋”なのである。

一方、中国、インド、ブラジルなど途上国の経済は一時の勢いを失い、米国の議会は大統領が出した景気や雇用を浮揚させる法案の審議にさえ入れない。日本はTPP(環太平洋経済連携協定)の「交渉に入るかどうか」で与党・民主党の中でも激しい意見対立がある。そう、今の世界は不安だらけなのだ。

ルーズベルトの言葉

“不安”を一番嫌うのがマーケットである。資金の動きを外側から見ると、「どう見ても投機的だ」と思う方向に流れが向くことがある。それはバブルの時のように後で振り返ってみれば危険だったことが分かるもので、その時点では「これは確実だ」という安心方向に資金が動いた結果として生じている。つまりお金は、経済が拡大するとか、その企業のもうけが大きくなると予想され、多くの人がその予測を“確か”だと思い込むときに大きく動く。確信と、先行きに対する自信によってお金は動くのだ。

だからその確信を揺るがすような事態を、市場は嫌う。それが「先行き不安」だ。救済包括案が決まり、「その方向に動く」と世界の市場が安心した矢先に、結果が予測できない国民投票にかけると言われたら、市場は混乱する。事実、株式市場では株価急落、外国為替市場ではユーロ大幅反落となった。

しかも重要なことがある。マスコミは、こうした「先行き不安な出来事」を読者、視聴者に伝えることを大きなビジネスとしていることだ。人間は誰でも、「自分にとっての危機」をまず察知しようとする。それはサバイバルに必要だからだ。だから世界のニュースは、悲惨なこと、悲しいことに満ちあふれている。世界中で報道されるトップニュースは、「8対2」の割合でイヤな事が多い。「私は新聞をスポーツ面から読む。その他の面には人間が犯した愚行が書き連ねてあるが、スポーツ面には人類が達成した偉大なことが書いてあるからだ」という人まで出てくる。米国のルーズベルト元大統領だ。

相場自身の力

相場は何かがあったら“大きく”下げるという習性を持っている。下げるときの方が幅が大きい。上げるときは“ゆっくり”なのが普通だ。人々が先行きに自信を持つのには時間がかかる。しかし、相場と人々を走らせる恐怖は、一気に相場を下方に走らせる。それは、リーマン・ショック以降のマーケットを見ても分かる。

ただし重要な前提は、相場がどこまでも下げ続けることはない、ということだ。ちょっと驚くことだが、これだけ世界で不安なことが起きていても、例えばニューヨークの株式市場の株価は史上最高値だった数年前の14000ドル台からそれほど大きく下げているわけではない。まだ10000ドルを上回っている。大きく下げても(その時はマスコミは大騒ぎするが)、株価には“いつの間にか”レベルを徐々に回復する傾向がある。回復には時間がかかるから、株価の戻しはマスコミが報じないうちに進む。

なぜそうなのか。それは、世の中に“危機”と呼ばれることはいっぱいあっても、人間社会が大きく毀損する、人口が激減するような事態はそうはなく、多くの人にとって生活は続く「life goes on」だということだ。人々が生き続ける、生活を続けるとしたら、それに必要なモノやサービスを作り出している企業の価値はしっかりあるし、将来も“あり続ける”ということだ。ギリシャが破綻しても、ギリシャの国民は生き続ける。経済も存在し続ける。世界の経済は存在し続け、人々も生き続けるという見通しを覆すほどの危機は、実はほとんどない。発生しない。それが起きるとしたら、地球が割れるときくらいだ。

危機といわれて相場が下げても、マーケットが“レベル”を見つけ出して必ず反発してくるのは、そうした動かない事実、確信があるからだと思っている。私はそれを「相場の力」「相場自身が持つ力」と呼んでいる。相場が反発に転じ始めた頃には、人々は危機に慣れ始める。新たな“現実”として。そういう意味では、人類は懐が深い。だから市場を見る人間は、相場自身がパワーを持っていることを忘れてはならない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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