1. 金融そもそも講座

第52回「そして、世界に飛び火」

前回はウォール街の周辺で始まった新しい一つのムーブメントとしての「ウォール街占拠運動」を取り上げた。運動がその後も広まっていて、世界に飛び火しているのはご存じの通り。そもそもは「非暴力の抵抗運動」として誕生したのだが、その後、ローマなどで暴力事件などに発展し、大量の逮捕者も出ている。今回は「米国が抱えた問題」をちょっと離れて、「金融とは何か」を考える良い例でもあるので、「なぜこの運動が世界に広がりを見せているのか」を取り上げる。

若者の高い失業率

まず指摘できるのは、「今の世界はうまく回っていない」「もっとよい世の中があるはずだ」という意識の高まりだ。具体的には、先進国全般に高い失業率、特に若者の失業率がある。失業した人は時に自分を責めるが、その一方で、当然ながら「世の中がよくない」ともしばしば考えるだろう。加えて、競争はよいことだがその結果としては富の偏在が生じ、格差問題につながっているという認識の高まりもある。これらを何とかしたい人が多いのだが、「ではどうするのか?」については、具体的な目標が占拠運動にはまだない。

米国の失業率が9%を超えているのは公式統計で確認されている。働ける、働く意欲がある人の10人に1人は職が見つからない状況なので深刻だ。しかしもっと深刻なのは、若者の失業率が特に高いことだ。米国や欧州には「seniority system」というのがあって、先に職に就いていた人が優遇される制度である。それ故に、どうしても若者の失業率が高くなる。米国では州や地域によって違うが、平均の9%よりかなり高くて15%を超える州、地域もあるともいわれている。つまり、6人に1人弱の割合で若者が失業しているケースもあるということだ。

さらに重要なのは、この「若年失業者」が世界的にも多いことである。欧州では社会保障の充実など米国とはやや様相が違うが、やはり10代、20代の失業が多い。占拠運動などの主役は若者だ。その若者の失業が米国ばかりでなく世界でも多いとなれば「運動の世界への飛び火」は十分理解できる。

格差の定着

次に「格差問題」がある。しかしこの問題の本質は、「競争心の源には“差”があるはずで、それを乗り越えようとよい意味の競争も生まれてくるが、今は“差”が“差”を生むだけで容認できない」という点だ。「格差の永続化」ということである。

日本でも問題になっているが、例えば親がよい職業に就いていると子供によい教育をさせる余裕があり、子供は高学歴者になってまたよい職に就き・・・という連鎖が生じる。逆に所得が低い親の下に生まれた子供は高学歴になかなかなれずに、よい職業に就けない・・・という問題がある。「格差の世代間継続」とも呼ばれる問題であり、「機会平等の原則に外れるだろう」という意識が世界的に高まっている。

ウォール街占拠運動の「我々は99%」という主張の中には、「絶対的な格差」の問題もある。実際に統計では、米国の1%の裕福な家庭が、同国の富の36%を保有しているとなっている。その富は世代を超えて継承されるケースが多いわけで、「それは成功物語の範囲を超えているだろう」という主張だ。そこにも「富の世代間継承」の問題があり、富の集中は日本よりもはるかに米国で進んでいるので、これも「世の中がおかしい」という運動参加者の共通認識、モチべーションになっている。

金融は“脇役”

もう一つ、ではなぜウォール街がターゲットになっているのか?これは最近の経済危機がどこで発生しているかや、人類の歴史における“金融の地位”に関連している。リーマン・ショックが代表例だが、最近の危機はウォール街から発生しているケースが多い。それなのに金融機関は国から守ってもらっている。危機の最中はさすがに給与も抑え気味だが、業界の景気が少しよくなると一般国民から見るとまたまた法外な給与をもらっていて、「これは許せない」という印象が広がっているのだ。

もともと人類の歴史を見れば、その大部分の時期において実際に生産物をつくっている人、身を張って戦う人が歴史の中心だった。建造物をつくる、インフラをつくる。主役はそれをつくる王様であったり、政府であったり、企業であったり。金融はそれを“アシスト”する役割だった。世界の歴史を調べると、金融に携わる人の社会的地位が高くなったのは、比較的最近になってからだ。それ以前、例えば中世までは金融はむしろ卑しい職業とされていた時期もある。

脇役だった金融が主役に躍り出て、世界経済の成長に役立っているのならまだしも、世界の危機を誘発しているという認識が高まった段階で、ウォール街は「占拠」のターゲットになってしまった。むろん、今でも金融は世界の成長に役立っている。先進国で余った資本を金融機関が開発途上国に回したからこそ、BRICsなど開発途上国の経済は著しい発展をして、今や世界の経済をけん引している。役割を果たしてはいるのだが、「最近の危機はウォール街発」と印象がなにせ悪い。

しかし「ウォール街を占拠」と言っている人々も、金融のベーシックな役割を否定しているようには思えない。「危機を起こす存在にはなるな」「脇役なのに主役のように振る舞うな」と言っているように見える。これは世の人々の共感を得やすい。運動をしている人々は、ウォール街を占拠し、それを変えようとしているように見えるが、具体的アイデアはまだないようである。

もっとも、「具体的要求を決めよう」という方向性のようだ。やはり「これ」という明確な要求がなく、指導者がはっきりしないと、運動はいつかしぼむだろうから、今後どのように展開するか見物だ。だが今の世界は、高い若年失業率、格差問題を抱えており、それに不満を抱く人が多いという事実だけは忘れてはならない。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2011年へ戻る

目次へ戻る