1. 金融そもそも講座

第60回「個々の銘柄に注意を!」

前回は、ウォール街に伝わる多くの格言の中から、「強気相場は絶望の中で生まれ、懐疑とともに育ち、楽観により熟し、陶酔のうちに終わる」を紹介した。これは筆者が相場を考える上で常に念頭に置く“モノサシ”のようなもので、一つの目安だ。目安といえば他にも重要なものはいくつかある。マーケットは懐が深いから、「日経平均」など毎回テレビに登場する指標的数字以外にも、いろいろな目安や視点があることを知ってほしい。

出来高が重要

筆者がマーケットを見るときにいつも気にしている重要な指標の一つは「出来高」である。出来高とは、当該市場でどのくらい取引があったかの数字だ。市場では売りと買いの注文が無数に出されるが、その時の相場の取引水準からかけ離れていたりしていて、取引に至らないものも多い。出来高とは実際に出合った注文の総額である。

昔から兜町では市場が活況かどうかの目安は「売買代金2兆円、出来高20億株」といわれている。ところが昨年秋から今年にかけての東京株式市場(東証1部)の出来高は「今日も1兆円を割った」とかいわれ、少ない日には7000億円台のときもあった。これは相場のレベルがどこにあれ「市場は不活発」「活気がない」ということだ。

もっとも、相場の上げ下げと出来高には密接な関係があると思う。通常、相場が上がり続けるためには「出来高も増える」ときが多い。マーケットに入ってもすぐに出ていくお金に相場を上げる力はないから、指標が持続的に上がるためには、買い注文が増え、それによって出来高も増える必要がある。下げるにも相場にはパワーがいる。最も市場が盛り上がらないのは、「下がらず、上がらず」という状況が持続するときで、実際にそういうときには出来高は増えない。昨年秋から今年初めの相場はその典型のようなもので、8000円台に張り付いたままだった。「マーケットに参加しよう」という投資家の気持ちも萎えるというものだ。

出来高が増えるには、いろいろな投資対象を選べる投資家が「株式市場に投資してみよう」と、興味を持つ状態にならなければならない。上がりも下がりもしない市場に興味を持つ人は少ない。そこには何のチャンスもないからだ。

経済を“体”に例えれば、マーケットは経済の心臓に当たると思う。当たり前だが、心臓が活力を落とせば、体全体も萎える。活力ある心臓は体の活動にとって必須である。筆者はこの面からも毎日、「市場の出来高」に注目している。

個々の銘柄も

次に、「個々の銘柄の動き」も重要であることを指摘したい。テレビや新聞がよく「今日の株価は~」と報じる数字は、数多くある個々銘柄の株価の“総合値”である。例えば「日経平均株価」は、東証一部の中の225銘柄の株価を、指標的に一つの数字にまとめて表示しているものである。それを「株価指標」という。マスコミが「上がった、下がった」というのは、通常はこの“指標”である。

しかし、総合値にすることにより、個々の銘柄の値動きは隠れてしまうケースがある。例えば新聞が「株式市場は全面安」と書き立てる日にも、いくつかの上昇銘柄はあるのが普通だ。筆者は市場の体勢に逆らって動く銘柄に目をやることが多い。なぜなら、その銘柄が単独の動きをするのは、その銘柄を巡って独自のお金の動きがあるということだ。それはその企業の業績が良いのか、独自のビジネス・モデルを持っているのか、など興味が持てる状態にあることを示している。

今は指標もマーケットに上場されており、売買の対象にできるが、以前は取引の対象ではなくあくまで“目安”だった。取引の対象は個々の銘柄、個々の企業だった。私は今でも、市場で一番重要なのは「個々の銘柄の動き」だと思っている。そう考える理由は以下だ。

  • 1. 指標からは多くの銘柄が落ちている(日経平均株価は225の企業を対象としているが、東証1部にはその7倍以上の銘柄がある)
  • 2. 指標に入っている銘柄に偏りがある(例えばニューヨーク市場のダウ工業株30種平均は、30の工業株のみの銘柄をベースにしている指標である)
  • 3. 指標自体がばらばらに動くケースが多く、どの指標を語るのかでマーケットが違ってくる(ニューヨークのダウとSPは時々逆方向に動く)

これから市場を見たい、参加したいという人は指標よりも「個々の銘柄」「その値動き」に注意してほしい。結局、市場は個々の銘柄の値動きの集合体であり、個々の銘柄の動きを見ると経済の盛衰や変化、今後の方向などが分かる。これは経済を見るときの重要なポイントだ。

他のマーケットに目も

さらに、株式市場以外の市場にも関心を寄せることが重要である。コンピューター網で投資の世界が緊密につながる以前は、株・債券・商品の市場は割合と別個な動きをした。株が上がり始めるということは景気が良いことであり、債券相場は金利上昇予想の中で下落するといった感じだ。今でもそういう大きな流れはあるが、一方で「大きな事件に対するマーケットの反応は同時化する」という傾向ができつつある。

その大きな背景は、株式であろうが、債券であろうが、商品であろうが、「所詮は投資の対象としては同じ」と投資家が考え始めているからだ。今のコンピューターの世界では、株・債券・商品どれを買うのも同一スクリーンでクリックを数回すればよい。情報も瞬時に流れる。よってその値動きは似てくる。

リーマン・ショックから始まり欧州の財政危機に至るマーケットの動きの中で見られた「キャッシュ化」の動きの中では、株も債券も、そして商品も一時は同時に売られた。つまり、今の市場は完全につながっているから、主な関心が株式市場にある人でも、常に債券市場や商品市場にも関心を持ったほうがよい。

一番気をつけなければいけないのは、世界のどこかの市場がボコッと大きく崩れたときには、その損失を穴埋めしようという動きが出てくることだ。被害を被った投資家は、前後の見境なく「もうかっている市場で利食いする」ことにより損失を穴埋めしようとする。基本的に円高だった日本はここ数年、しばしばその売りに襲われてきたのである。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2012年へ戻る

目次へ戻る