1. 金融そもそも講座

第71回「“スペイン”という危機」

ユーロ圏では4位、世界でも高いGDP規模を誇る経済規模の大きさ故に、スペインの危機はギリシャ以上に欧州、そして世界を震撼させている。今回は、「スペイン危機の現状とその本質」に迫る。

呆然(ぼうぜん)の失業率

スペインという日本人にとってもなじみ深い国の“危機”を象徴するのは、何よりも失業率である。スペイン国家統計局(NSI)が7月末に発表した今年第2四半期(4~6月)は24.6%となった。現行方法での統計が始まった1976年以降で最悪の水準である。実に国民(統計の対象となる働ける人の)の4人に1人は職場が見つからずに働けていない、ということだ。日本の失業率はかつてより上がったといっても4%台にあることを考えれば、まさに“危機”というにふさわしい。

特にスペイン若年労働者(26歳以下)の失業率は直近の統計で51.5%と5割を超える。失業保険があるにせよ、職がないということは収入が少なく自力では暮らせないので、親と暮らす子ども、“パラサイト”がスペインでは増えている。大人になれば親元を離れるかつての欧州の伝統さえ変えるほどの衝撃だ。欧州で若者の失業率が5割を超えているのは、スペインとギリシャだけだ。

率が高いのも問題だが、人口1100万人程度のギリシャと違い、スペインの人口は5000万人に近い。その国での失業率の高さは、失業者数が膨大になることを意味する。最新の統計では460万人ともいわれる。欧州全体の失業者数は1500万人といわれているから、そのほぼ3分の1がスペインにいるということだ。

スペイン国民の多くは十分な所得を得られていないことになる。同国の景気は「モノが売れない」状況にあり、成長率はマイナスだ。それに加えての財政危機により刺激策も取れないので、悪い景気持続が予想され、同国の失業率は2015年末まで22%程度の高い率が続くとされる。景気が悪く、企業の業績が不振で、人々が所得を得られていないので、税収も上がらないということだ。だから財政緊縮が続き、景気回復の見込みが薄くなる。

不動産バブル崩壊→銀行危機

なぜスペインはこんなことになってしまったのか。同国は5年ほど前までは欧州でも景気の良い国だった。統一通貨ユーロへの加盟(1998年)以来、不動産が安い同国に大量の資金が入ってきて大きな不動産バブルが起きたからだ。人口が5000万人弱の国で、1998年から2007年までの間に建築された住宅が500万戸に達したという統計もある。これだけの建設ブームになれば、景気は良くなる。豊富な海外資金の流入などの仮需によって、不動産価格も急上昇し、担保価値が上がった物件に対してまた銀行が資金を貸し付ける、という循環だった。

しかし、リーマン・ショックをきっかけに不動産バブルは崩壊に向かい、誰もが余裕をなくした。金融危機が叫ばれたから銀行も資金を出さなくなった。価格が下がればまた融資基準が厳格化されるという「負のスパイラル」だ。あまりにもバブルの崩壊が強烈だったが故に、また今でも不動産価格が大きく下げ続けている故に、不動産市場に貸し込んだ銀行業界の不良債権がどのくらいあるか分からない状況になっている。

銀行業界はその国にとってお金という血液を送り出す心臓のような役割を持っている。そもそもお金が回らなければ経済は成り立たないし、銀行が融資するから企業や家計が動く面がある。ということで、健全性の維持のためにスペインの銀行には1000億ユーロ、10兆円弱の資金が用意された。しかしそれを用意したのはスペイン政府ではなく、EUだった。

そして国の危機に

日本も銀行危機を経験したが、その乗り切りのための注入資本を用意したのは当然ながら日本政府だった。スペインの国家財政はそれができないほど火の車だ。税収が上がらない状況が続く中で、国債の利回りが上昇して、マーケットからも安易には国債発行による資金調達ができない。しかし、ある国の銀行組織の崩壊はEU全体の経済危機を引き起こしかねないので、EUも「スペインの銀行組織の健全化」のために1000億ユーロの上限で、スペイン政府の保証の下に貸すことにした。

それがスペインの危機を深刻化させている。皮肉なことだ。この10兆円弱の資金にスペイン政府が保証を付けたということは、もし同国の銀行が注入された資金をEUに返せなかったら、それはスペイン政府の負担、財政の支出増大を意味するからだ。しかしスペイン政府にはお金がない。「そんな国の国債は買えない」とマーケットではスペイン国債を買い控えたり、むしろ売ったりする動きが強くなって、利回りが一時7.7%にまで上昇した。

日本の高金利の時代はかなり昔だが、仮に「7.7%の預金金利」を考えると、預けたお金はすごい勢いで増える。ということは、7.7%で借金したら雪だるま式に借金は膨らむのだ。だから一般的には国債利回りが7%を越えた国は将来返せなくなるという意味で、「危険水準」と呼ばれている。スペインは今それを越えた状況にある。

加えての税収を下げる不景気と失業。失業は給付を増やすから、財政赤字に一段と圧力になる。地方政府も財政危機の深刻化に見舞われている。ドイツのような幅広い産業もない。スペイン危機の本質は、「出口が全く見えない」というところにある。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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