1. 金融そもそも講座

第8回「危機の連鎖の中で…それでも投資は止まらない」

リーマン、ドバイ、そしてヨーロッパ

世界を震撼させたリーマン・ブラザーズの破綻を契機とする世界的な金融危機もまだ癒えていないというのに、このところ”ドバイ・ショック”とか、”ヨーロッパの金融不安”という活字が新聞やネットを賑わしている。なぜこうも世界では危機ばかり起きるのか。この危機の連鎖故に、日本の若者の就職もままならないとなれば、遠い海外の話では済まされない。

それぞれの危機には違った理由がある。ドバイでは世界中が驚くほどの急激な不動産、都市開発が行われた。当然ながら大量の資金が中東や欧州などから投じられ、不動産価格は高騰し、現地の株式市場の株価も大きく上昇した。それに伴って世界中から建設労働者が、そして施設が出来上がった後には様々な人々が集まり、それによってさらに不動産価格が上昇した。世界一高いタワー(ブルジュ・ドバイ)や、海に作られた椰子の葉を模した住宅島(パームアイランドプロジェクト)などが有名だが、いかんせん計画を急ぎすぎたし、集まった資金の量が膨大で不動産価格が高くなりすぎた。

そこにリーマン・ショック後の世界的な信用不安である。今まで問題なくドバイのプロジェクトにお金を投じていた人々も手控え始めて、開発を推進していたドバイ・ワールドとその子会社のナキールが一部債務の返済期限先延ばしを要請した。それを機に、世界の金融市場は「新たな世界的危機か」との不安に取りつかれ、投資家が一斉に世界の市場から資金を抜いて現金にする動きを見せたのだ。ただし今のところ情報が少なくて、本当にドバイがどういう状態になっているのか、ドバイと連邦を組む石油産出国のUAEがどう出るかなど不確定要素が強い。

ドバイに続いて最近ではヨーロッパでも金融不安が起きている。日本と同じく各国は経済活動の活発化、失業の増大防止のためなどで積極的な財政政策を打ち出しているが、歳入との関係であまりにも野放図な支出をすれば財政の先行きが怪しくなる。国であろうと、借りたお金を返せなくなる危険性があるからだ。その点をギリシャなどが世界的な格付け機関に指摘されるに及んで、もともとドバイへの貸し込みが多いといわれたヨーロッパで、国がデフォルト(債務不履行)になる危険性が出てきたことから、世界の市場は動揺した。

理由は違っても…

理由は違っても、世界の市場で起きることは同じである。世界の市場は危機を感知すると「世界経済の先行きは不透明になった」と株式など値下がりしそうなものから一斉に逃げる。資金が逃げれば対象資産(株に加えて不動産、商品など)は値下がりするから、多くの投資家は危機を感知すると他の人の売りで下がる前に売ろうとする。つまり、危機が感知された段階で世界では逃げようとする資金の増加で大きく動揺することになる。株価の下げ、商品相場の下げなど。流動性の高いものから売られる傾向がある。

為替も世界の市場の中では流動性の高い市場で、ある一定のパターン的動きが見られる。最近では世界で危機が起きると円が買われる。日本に資金をおいても金利は低いし、株価も上値が重いので魅力はなさそうだが、デフレで実質金利は高いし、何よりも「危機の際には円買い」というマーケットの思惑がある。言ってみれば一種の「脚気(かっけ)反応 (knee-jerk reaction)」のようなものだ。実際のところ最近の円は、世界のどこかで危機が起きると必ず急騰する。輸出立国である日本の株価は、しばしばこの円高を懸念して下げる。世界の危機そのものと、その危機を背景とする円高の両方で下げるという構図。日本の株価が世界の株価に対して割安になっている原因の一つだ。

非常に重要なのは、危機を背景とする市場の動揺は、地域限定、市場限定ということはなく、必ず世界的な市場の動揺になるということだ。なぜなら、お金の出し手、それに運用を請け負っているファンド、そのマネージャーは地域をまたいで、市場をまたいで資金を運用している。ある地域、ある市場の値下がりとそれに伴う損失は、儲かっているどこかで穴埋めしなければならないからだ。まごまごしていると他の投資家やファンド、そのマネージャーが値上がりしていた市場で売りを出して、儲かっている市場でもそれが一瞬のうちに消えてしまうかもしれない。だから、どこかで危機が起きたら世界中の投資家は、投資の現金化に走るか、より安全な投資(今だと金投資か円への資金移動)に振り替える。

リーマン・ブラザーズの危機が起きたときに、「日本には縁遠い危機」と言われもしたが、それは全くの誤解である。世界の市場はつながっている。つながっている以上、世界のどこかで起きた危機は、必ず世界の市場の危機となる。

それでも投資はやめられない

ではそんな危険な市場にそもそも資金を投じるのが悪いのではないか、と思う人もいるかもしれない。世界には誰も信ずることなく、タンスやクローゼット、床の下などに、現金や貴金属を隠している人がいる。しかしそれでは全く増えない。火事も心配だし、盗まれる危険性もある。

だから世の中の大部分の投資可能なお金は、運用される。つまり株式市場や商品市場、不動産市場、債券市場など、どこかに投資される。投資は経済を活発化させるから、本来は望ましい。それによって多くの人が生活している。投資には魅力もある。もしかしたら値上がりしたり金利が付き、それに家賃も入ってくるかもしれないからだ。誰よりも投資を一生懸命やるのはファンドやファンド・マネージャーである。なぜなら彼らは投資がうまければうまいほど評価が高くなり、もらえる報酬が高くなり、来年もまた投資の仕事を世界中の投資家から任せてもらえるからだ。

お金を増やすには値上がりするものを買うか、下がりそうなものを売るか(しばしば空売り)、金利の高いものを持ち続けるか(しばしば安い金利の資金を借りて)など、いくつかの方法がある。それは昔からのことだが、今はそのサイクルが非常に早くなっているということだ。世界のあまり知らない地域の混乱も、直ちに世界に波及する。

そういう意味では、今の変化スピードが速い世界での投資は大変である。しかし、お金を増やしたい世界中の人々やファンド・マネージャーの夢や欲望は止まらない。かくして何回でも同じことが繰り返される、ということになる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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