世界の金融・商品市場が8月半ばから大荒れだ。マーケットは常に複雑系だから、要因は単一ではない。米国は7年も続けた超低金利時代を終わらせるべく利上げを計画、大きな環境変化は当然だから市場は身構えていた。南米など途上国経済は不振だし、欧州ではギリシャがまた選挙を予定し、先行き不透明感が強い。そうしたなか、今のマーケット激震の発生源は誰が見ても中国だ。上海市場の株価は大きく下げ、景気の悪化を示す経済指標が次々と発表されている。世界第2位の経済大国で何が起きているのか。連載中の「各国経済の強さと弱さ」を中断して、今回は今のマーケットの最大の問題である隣国に焦点を当てたい。
嫌われる3要素
さて“そもそも”的にここで質問。投資をする人々が一番嫌がるのは何か? 筆者は次の3つだと思う。
- ・(投資を巡る)先行きがよく分からない
- ・(投資環境を決める)政府政策の決定プロセスが不透明
- ・なぜその政策なのか説明がない
ところが今、世界でこの3条件を見事に満たしている国がある。中国だ。なぜ8月11日に突然、人民元の切り下げを発表したのか。なぜ大規模に株式市場へ買い介入すると発表した数日後に、介入をやめると方針転換したのか……など。中国では先進国には通常見られる、政策に関する説明がない。だからマーケットの不安心理が高まるのだ。ついに、堪忍袋の緒を切らした国が出てきた。「政策変更に関するマーケットとのコミュニケーションにもっと注意を払うべき」と、米国が中国に要請したという。英フィナンシャル・タイムズが9月初めに報じている。
マーケットに関わることだけではない。中国経済そのものにも疑問が噴出している。その疑問・疑念が世界経済全体への懸念となり、市場で大きな相場変動を招来している。中国では、政府発表のGDPは(比較的高い)7%の目標を維持していることになっている。しかし、PMI(購買担当者景況感指数)など他の経済指標は全て中国経済の急激な悪化を指し示している。この乖離(かいり)を世界は理解できないのだ。
世界中の投資家が、なぜ中国をそれほど気にしなくてはならないのか。それは世界経済に占める中国の地位が著しく上がったからだ。中国の世界GDPに占めるシェアは日本をはるかに上回って16%に達し、米国に次ぐ世界第2位の経済大国になった。13億という人口ばかりでなく、中国経済の図体は実に大きい。1960年代の文化大革命時代の中国なら、国内で何が起きようがニュース順では下位の“海外の話題”程度だったはず。孤立したマージナルな国だったからだ。しかし今は違う。
世界が中国に依存
今の世界には、中国に資源や製品を売ることで経済が回っている国がたくさんある。資源を売っているのはオーストラリアやブラジルなど。製品を売って経済が回っていたのは欧州ではドイツが筆頭。アジアでは韓国が代表。日本も隣国・中国との関係は深い。つまり、世界経済が中国に依存した面があった。それが危機前の世界の姿だった。
そもそもの始まりは、リーマン・ショック後に中国が打った50兆円規模の経済対策だ。この対策で火が付いて、中国は投資中心の成長を目指す巨大な資源輸入国になり、国内でつくった製品を輸出して外貨をため、国民の一部は海外で“爆買い”ができるほど豊かになった。世界はそれを所与の条件とし、マーケットもそれをはやした。その過程で中国では投資バブル、不動産バブル、そして株式バブルが順に発生。それらが次々に破裂した。当然だが、世界経済にとっての中国経済失速の震度は大きい。それが現状だ。
この危機は今後も続く可能性が高い。世界や市場が慣れるということはあるかも知れないが、中国は今後も共産党一党独裁という異形・異質な国の形を続けると考えられるため、先に筆者が掲げた3条件を満たし続けるだろう。極めて残念で心配なことだ。
中国が抱える最も根源的な問題は、「政治も経済も社会も矛盾だらけでバラバラだ」ということだ。中国では労働賃金が毎年10%近く上がっており、ベトナム、マレーシア、バングラデシュに対して国際競争力を失っている。海外企業のみならず中国企業まで海外に逃げ出している。だから、今まで経済のけん引力だった輸出は大ピンチになった。輸出がピンチなら資源輸入は減る。これも世界経済にとっては減速要因だ。
高難度・高級製品を作る産業育成の構想(リコノミクス)はあるが、改革は進んでいない。その司令塔の李克強首相に人事権がないからだ。人事権のない人の指示には誰も従わない。産業の高度化がなかなか進まないのに、工場の人件費は上がり続ける。中国の輸出する力は落ちる一方だ。しかし、習近平政権は汚職撲滅の旗は振れても、賃金上昇抑制の旗はなかなか振れないのが実情だ。
大いなる矛盾の国
既に中国では投資は過剰だ。住宅も工場も、そして商業施設も。賃金上昇で輸出もダウン。そこで最後に頼れるのは対GDP比率が先進国(6割~7割)より著しく低い消費(40%強)となるのだが、汚職撲滅運動で官僚も企業の幹部も自粛ムードの最中にある。高い時計をしているだけで密告されたら誰も高額消費などしない。中国からはブランドショップが続々と撤退していると報じられる。お金がある人は日本など海外で爆買いを楽しむ。
習近平政権は、汚職撲滅という名の権力闘争に勝ちつつあり、政治・外交・司法そして経済まであらゆる権力を一手に担うに至った。しかし、それ故に彼の立場は徐々に危うくなっているのではないか。政治的力を強めようと汚職撲滅を強めれば、経済は萎縮する。司法の権力を振るえば、内外の世論は離れる。権威を高めようと強硬外交をすると諸外国とぶつかる。中国政府は9月第一週に北京で抗日勝利70周年記念軍事パレードを挙行したが、上海では株が、そして何よりも中国経済そのものが敗走中だ。その見事なバラバラ感。
結局これからの中国はどうなるのか。戦後70年続いた共産党の一党独裁、そして習近平の集権的統治の矛盾が一挙に吹き出す時期に入るのかもしれない。汚職撲滅運動故に、公務員は職務怠慢を始めていた。下手に公共工事に着手したら汚職の汚名を着せられるからだ。だから中央政府が景気を良くしようと思っても、公共投資が進まなかった。それに気付いた習近平政権は、今度は職務怠慢で公務員を処分し始めた。
中国は統治の正統性確保・誇示のためにも、世界の一等国に早くなりたい。人民元のSDR(IMFが69年に創設した国際準備資産)組み入れを巡るIMFへの要請も、抗日戦勝パレードに多くの国の首脳を呼んだのもその思いだ。しかし、中国発の世界のマーケット動揺と中国経済の著しい鈍化で、「共産党は万能」「共産党ならなんとかできる」とのイメージは大きく傷ついた。
今の中国は、世界中の投資にとってブラックボックスに見える。これは大いなる懸念だ。中国は少なくともそれを解消する努力をしなければならない。