前回はそもそも“超”金融緩和策としての「量的金融緩和(QE)」とは何か、そしてそれを先進国の中で一番大規模に行ってきた米国のこれまでの政策の軌跡、さらに「非伝統的な金融政策」を巡る懸念などを取り上げた。今回は現実化する“出口戦略”の中で、当然出てくる政策立案者間での見解の相違、そしてそれが持つマーケットへの意味合いなどを考えてみる。
反対意見が表面化
「政策立案者間での見解の相違」という意味で最も注目されるのは、FOMC(連邦公開市場委員会)の中でここにきて反対意見が出始めたことだ。イエレン議長の就任は2014年2月3日。以降3回のFOMCを「反対意見なし」で乗り切ったが、4回目の7月29日~30日の会合で初めて多数派に異を唱える意見が声明に記された。
恐らく反対意見が声明に残らなかった就任後3回(3、4、6月)の委員会の席上でも、自由な討議の中では今後の金融政策を巡って様々な意見が飛び交い、時には議長の見解や多数派の意見に疑問を呈する見方も出たはずだ。しかしそれでも声明文作成の段階では「全会一致」に至り、「反対意見なし」で声明文が公表されていたと思われる。
だが7月末のFOMCの声明文は違った。FOMC内の討議では最後まで意見集約ができずに、フィラデルフィア連銀の総裁でもあるチャールズ・プロッサー委員が反対意見を声明に残したのである。彼が多数派意見に反対を述べた理由として、声明は次の点を指摘している。文章をそのまま掲載する。
Voting against was Charles I. Plosser who objected to the guidance indicating that it likely will be appropriate to maintain the current target range for the federal funds rate for "a considerable time after the asset purchase program ends," because such language is time dependent and does not reflect the considerable economic progress that has been made toward the Committee's goals.
簡単に翻訳するとこうだ。「(声明内容に)反対したのはチャールズ・プロッサーで、『量的緩和を終えた後も相当の期間(for a considerable time)に渡って現在のFF金利の目標レンジを維持する』という多数意見に基づくガイドラインは、時間軸に依存しており、FOMCの諸目標に沿った形での経済情勢の進展を反映していない」
必要なら利上げを
現在の米国における政策金利(FF金利)の目標レンジは0~0.25%で、実質的にゼロ金利政策と呼ばれる。多数意見は「(QE終了後も)それを長期に渡って維持する」というものだが、プロッサー理事は「そんなガイドラインには賛成できない」と述べたのだ。時間軸は設定せず、経済情勢はFOMCが設定したいくつかの目標に沿う形で改善しているのだから「必要ならとっとと利上げしろ」と言っているのだ。
「(米国の)経済情勢はFOMCが設定したいくつかの目標に沿う形で改善している」という部分は、実は7月のFOMC声明の中にふんだんに出てくる。FRBが「雇用の最大化」と「物価情勢の安定」の二つの目標を抱えている点から見れば、次の点が重要だろう。いずれも声明文に記されているものだ。
- 1. 第2四半期に経済成長は加速した。労働市場環境も改善し失業率はさらに低下した
- 2. インフレ率は上昇し、FOMCの長期目標(2%)に接近した
確かに米失業率は6%を割りそうなところまで低下しているし、今まで「低過ぎる」と言われ、ディスインフレ、さらにはデフレの懸念さえ出ていた物価状況はだいぶ安心できるようになってきた。声明はその点にあえて触れているのだから、プロッサー理事のような「いつでも金利を上げられる環境にFOMCは自らを置くべきだ」という意見が出てきてもおかしくない。
“留保”条件も
もっとも声明は米国の労働環境に関しては、「However, a range of labor market indicators suggests that there remains significant underutilization of labor resources(しかしながら一連の労働市場指標は、労働力の未活用が広範囲に見られることを示している。だから長期インフレ期待が直ちに高まる兆候はない)」と述べた。またインフレに関しても「Longer-term inflation expectations have remained stable(長期インフレ期待は依然として安定している)」と指摘している。つまり労働市場とインフレ環境の両方に“留保”条件も付けている。
その時その時の経済情勢をどう見るかの視点は、角度によって人によって千差万別だ。真実が通常は一つしかない科学・化学と違って、経済学は全く正反対のことを言ってもノーベル賞が取れる珍しい分野だ。同じ経済の専門家でも、その時点の経済状況、今後の展望に関して大いに意見が異なる。それは全く普通のことだ。だから今はイエレン議長を入れて5人の理事で構成されるFOMCの意見が割れることがあっても特段驚くべき事ではない。バーナンキ前議長の時代もその前も、FOMCの決定事項に異を唱え、それが声明文に記された人はいる。
しかし今は米国の金融政策の行方に関心が集まり、そしてまたイエレン議長が難しい“出口戦略”に着手したばかりの時期だ。そうした中でFOMCを構成する委員の中から異論が出た。マーケットが注目したのは当然だろう。そしてこの状態はしばらく続く。過去を振り返れば、金融当局の政策の変わり目には相場が大きく動く。見方が対立するからだ。マーケットはその端緒を当局者の一挙手一投足、発言に見ようとしているのだ。
FOMCの委員ではないが、地方連銀の総裁の中には「出口戦略を急ぐべきだ」との見解を講演などの場で披露する人が増えている。米国の場合は日本と同じく、政策決定委員会は多数決で決まる。よって、少数の異論が出てもそれですぐに政策が変わるわけではない。しかし政策が従来(“超”緩和)と違った方向に動き始めていることは確かだ。