1. 金融そもそも講座

第101回「BRICSはどこに? PART2」社会・政治体制 / 貧富の格差

今回は「BRICSの持続的成長力にとって大きなネックになってきている」と前回の最後に指摘したことを書く。それは端的に言って“中間省略政策”の負の側面に相当する。世の中にはやはり手順を踏まなければならないことがたくさんあるのだ。

社会・政治体制

まず指摘できるのは社会・経済システムだろう。日本を含め先進国はほぼ例外なく「民主主義に基づいた市場経済」を基本的なシステムとしている。国民は政治家を選ぶのに自ら投票し、政治家は国民の要望を取り入れながら政治を運営する。その要望の中には社会保障、富の再分配システムや腐敗・汚職の抑制システムが含まれ、先進国は時間をかけてそうしたものを構築してきた。その結果、比較的安定した社会システムが出来上がっているわけだ。

BRICSはどうか?「民主主義」にしろ「市場経済」にしろ、中途半端なシステムにとどまっている。ここで一つ一つ検証する余裕はないが、どの国もそうだ。「民主主義」「市場経済」の不徹底が大きな問題を引き起こす。それが「腐敗・汚職」で、権力を握ったものを監視する(警察・検察などを含めた司法の)システムの不備が背景にある。

中国でもロシアでも摘発は時々報じられるが、それは“見せしめ”のように行われるだけで、腐敗・汚職は依然として社会にまん延している。筆者はBRICSのうちブラジルを除く4カ国に行ったことがあるが、どの国の新聞を見ても腐敗・汚職に関する記事が多かった。それは「民主主義」のシステムが先進国ほどにうまく機能していないからである。

例えば、最近の中国では不穏な動きが相次いで起きている。天安門にはガソリンを積んだSUV車が突入・炎上・爆発して5人の命が奪われた。その直後には山西省の共産党の建物の近くで何者かが複数の爆弾を爆発させ、1人が死亡する事件も起きている。同国はそもそも政治体制として民主主義をとらない。共産党の一党独裁であり、全てを共産党が決めるという建前になっている。あらゆる権力が8000万人ともいわれる共産党員、特にその上層部に握られている。腐敗・汚職・権力の乱用が起きても不思議でない政治体制であり、こうした事件はそれへの恨みが大きな背景になっているといわれる。

腐敗・汚職

なぜ、BRICSなど途上国で頻繁に見られる腐敗・汚職が持続的成長の足かせになるかというと、途上国の「もう一段上の成長」を妨げるからである。第一段階は労働賃金の安さがウリで、先進国の企業も大挙してやってくる。しかし、生産コストが安い国は今の世界では次々に現れる。今はミャンマーなどだ。となると先発した途上国はその次に、世界のレベルからして必ずしも安くない賃金となった労働者で「世界に通用する製品」をつくらないといけない。つまりそこで初めて競争の世界に入れられるわけだ。

そのときに腐敗・汚職がまん延している国と、それが少ない国とが競争するとどうなるか?明らかに腐敗・汚職が多い国の方はコストが高くなる。工場の開設認可でお金を役人に請求され、輸出承認を得るのにもお金が必要・・・ではまともなビジネスができない。これでは当該国に進出する企業も大変な、かつしばしば予測できないコストアップに直面することになる。つまり低賃金を武器にジャンプスタートした途上国も、腐敗・汚職がまん延していると次の段階に進むのがとても難しくなるということだ。

今の中国がその典型なのだが、国民の監視が行き届くきちんとした社会・政治システムをつくってこなかった、それを中間省略してきたことが大きなツケとなっているのである。中国は言うに及ばずだが、ロシアの社会・政治システムも先進国のそれではない。何せ前回の大統領選挙では、「いかに腐敗・汚職をなくすか」が大きな争点になっていた。日本の選挙で腐敗・汚職問題が争点になったことは、少なくとも私の記憶ではない。

貧富の格差

BRICS諸国で見られる「極端な貧富の格差」も成長を妨げる大きな要因だ。なぜなら、先進国ではGDPに占める国内消費の割合が6~7割。それが意味することは、「国民がそれなりの消費をしている」ということだ。だからこそGDPの高いレベルが維持されていることになる。もし国民のかなりの部分が消費も満足にできない貧困層で成り立っているとしたら、彼らは国内での消費パワーになり得ない。とすると、賃金が上昇して輸出競争力が落ちた途上国は、国内の貧富の差が大きいと成長パワーをも落とすことになる。その代表が今の中国だ。

先進国の中では貧富の差が大きいといわれるのは米国だが、それでも各種の社会保障があり、失業保険もある。欧州などは失業保険がことのほか厚い。さらに税制が所得の再分配を促している制度を持つ先進国も多い。それらが「ちょっと貧しくても消費に参加できる国民」の存在を可能にしているといえる。そしてこれらの人は、職業訓練などを経て再び働く人々の仲間に加わることができる。しかしBRICSなど途上国ではそうした制度、システムは不整備だ。これが途上国の持続的成長を阻害する。

問題なのは、途上国で豊かになった人の中には腐敗・汚職で、またはそれで得たお金をきっかけに豊かになった人が多い点だ。日米欧のお金持ちは、「ああ、あの人はあれで成功したから」と納得できるケースが多いのに対して、BRICSなどの途上国では“納得性”に欠ける富が多い。それがまた社会不安、体制への反感を醸成するのである。

その他、BRICSを中心に途上国が抱える問題は以下のようなことだ。

  • 1. まだまだ文字を読める人の割合が先進国に比べて少ない
  • 2. 人材開発がうまくいっていない

識字率が高い国は、旧・現社会主義国家が多い。国民にプロバガンダをあまねく読んでもらうために教育を普及させたことが大きいと思われる。しかしこれらの国は社会主義から民主主義体制に移行する段階で許認可の多い古いシステムを温存してしまった。それが腐敗・汚職の温床になっている。今のロシアだ。

BRICSが再び世界の成長の主役になれるかどうかは、中間省略で忘れていたこと、つまり「社会・政治のシステム改革」が時間をかけてもできるかにかかっている。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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