1. お金の歴史雑学コラム
Column 7

日本で最初の貨幣とは?

一台400万円 一台400万円

富本銭

富本銭と和同開珎
(写真出所:日本銀行金融研究所)

しかし最近になって、和同開珎よりも前の7世紀後半に「富本銭(ふほんせん)」と呼ばれる貨幣が鋳造されていたことが明らかになっています。

ただ、富本銭は、物の交換を仲立ちするために作られたのか、おまじないなどに使われる宗教的な道具だったのか、専門家の間でも結論が出ていません。大昔の貨幣の中には、物の交換のためではなく、財産の象徴としてお墓に埋めるために作られた「まじない銭」というものがあり、富本銭はその一種だったとも考えられています。

いずれにせよ、それまでの物品貨幣を使って生活に慣れていた当時の人々にとって、金属でできたお金は馴染めないものでした。お役人の給料や水田の売買などに貨幣を使うことが義務づけたのですが、結局使われていたのは一部の都市部のみで、なかなか普及しなかったようです。
それでも和同開珎が鋳造されてから10世紀半ばぐらいまで、たびたび銅銭が鋳造されましたが(皇朝十二銭などと呼ばれます)、次第に原料となる銅が不足してしまい、質はどんどん悪くなっていきました。ますます人々からの信頼が無くなり、使われなくなっていきます。

そして958年に銅銭が発行されたのを最後に、なんと日本では公的な貨幣を作るのを止めてしまいました。日本は再び「物品貨幣」の時代に逆戻り。その後、本格的な貨幣づくりが始まるまでには、戦国時代を経て豊臣秀吉の時代になるのを待たなくてはなりませんでした。それまでの数百年の間は、日本の人々は中国から輸入したお金をずっと使っていたのです。

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