1. 金融そもそも講座

第11回「まず株、そして債券…」

限られた国…

前回は自らお金を動かしている人でも、委託を受けてお金を動かしている人でも、お金を動かす先の条件としては以下の四つがあると指摘した。

  • (1)そもそも、お金の預け先が安全であること
  • (2)かつ、その投資対象がトレーダブル(tradable)であること
  • (3)売り買いしても、相場が動かないほど市場が大きいこと
  • (4)機敏な売り買いが許されること

今回はより具体的に解説しよう。(1)「預け先の安全」とは、「法的、政治的枠組みとして資金の預け入れや自由な移動を保証している国」という意味である。極端な例だと、世界中の誰も北朝鮮にお金を預けようとは思わない。突然にデノミを実施し、新しいお札に換えられるお金の上限を勝手に政府が決めてしまう国だ。残りは紙くずになってしまった。さすがの北朝鮮の国民も怒っているらしい。そんな国は相手にされない。

逆に今まで最もお金を預けるのに安心と考えられていたのは、法治国家であり、かつ政権交代はあっても政治体制が民主的な国である。米国や英国、それにオーストラリアやニュージーランドなどのアングロ・サクソン諸国は今までずっと私有財産を認める法治国家であり、かつ政治も民主的で“安全な国”と考えられてきた。戦後の日本やドイツ、それにフランスなどもその仲間だ。

最近はそれにいろいろな国が加わってきている。インドは世界最大(人口で)の民主主義国家といわれてインドに投資をする人は増えている。中国は政治体制こそ共産党の一党独裁だが、経済成長を優先する国であり、かつ実際に世界の中でも最も力強い成長国となっているので、同国の株式を買う人は多い。しかし、中国は為替管理が極めて厳格であり、自由に投資家が資金を移動できない。ロシアは政治は安定してきたが、新米の民主主義国であり、不安に思う人は多い。

“安心”という意味では、依然としてアングロ・サクソン諸国、ドイツ、フランス、そして日本などが投資先としては選好される。この事情はあまり変わっていない。最近、円はすっかり“避難先通貨”となっている。それは世界中の投資家が、世界的な危機の時は円が一番と思っている証拠である。

限られた市場

次に(2)「トレーダブルであること」という観点で見ると、大きな投資は相対で絵を売ったり買ったりするのと違うのだから、やはり“市場”と呼ばれるものが存在し、そこに常に多数の買い手と売り手が存在することが望ましい。価格、相場は売りの人だけでも買いの人だけでも成立しない。取引所がある市場もあるし、取引所は存在せずに銀行間などの網の目のような取引の連鎖の中で出来ている市場もある。それでは具体的にはどういう市場か。

まず「株」だろう。株の場合はウォール街や兜町に取引所が存在し、そこに多くの銘柄が上場され、人気銘柄には多くの注文があり、ほぼ常に売り買いが可能である。一般的に“投資”には常に多くの資金が流入し、その一方で多くの資金が流出する。季節性もあって、例えばボーナスの時期には各種投信がよく売れたりする。そのお金が株式市場に入ってきて、株価が上がったりする。

同じような株式市場に上場されていても、東証でいえば、一般的には一部の銘柄には売り買いの注文が多いが、その他の銘柄はそうでもない。対してヘラクレスなど新興市場の銘柄は商いが薄い。何か思惑がある場合以外は、投資の対象になるのは日本を代表する、またはニューヨークでは米国を代表する銘柄だったり、また日経平均やニューヨークのダウ平均の指数先物だったりする。

「債券」も有力な投資対象だ。債券には「国債」「社債」「地方政府債」など実に多くの種類があるが、債券の代表例はやはり「国債」だ。国債は国が市場(国民や海外投資家を含む)から借金して国の支出を賄うために発行しているものだ。そもそも税収の範囲で国が支出をしているだけなら必要ないものだが、世界中の政府は大きな事業をしたり、景気を刺激するために国債を発行して資金を調達し、それを使って事業を行い、一方でお金を貸してくれた投資家に利払いをしている。

最近はそれを疑問視せざるを得ないケースもあるが、「国は国民や投資家からの借金を踏み倒すようなことはしない」と考えられているので、信用度は非常に高い。例えば日本や中国は自国の輸出で稼いだお金を米国債でかなりの部分を運用している。米国債に投資しておけば安心だと考えられているし、金利が入るからだ。むろん、中国や日本は準備の一部を伝統的な「金」に投資していて、それはニューヨーク連銀の地下で一般の人も見ることが出来るが、金の難点は現物では値上がり、値下がりはするが金利は付かないということだ。しかし、金が人類の誕生以来、その魅力を持ち続けていることは確かだ。その金にも市場が出来ていて、商いも活発になり、投資対象になっている。

金以外の商品、例えば「原油」「穀物」「天然ガス」「鉱物資源」なども“商品”市場を形成していて、最近は幅広く投資資金を集めている。いずれも世界経済の為にはなくてはならないものであり、よってそれを必要とする人は必ずいるという意味合いで市場が成立し、そこには大勢の投資家が関わっている。しかし最近では、「穀物」など人間が食べる物の値段が極端に上がったりするのは良くないという意見もある。

一定以上の規模

(3)「売り買いしても相場が動かない」と(4)「機敏な売り買いが許される」はともに、市場規模が大きいことが前提である。前回「コップに大きな石を入れている場合、それを抜けば水位は下がる」と書いたが、実はその両者の関係は実に相対的である。例えば、米国の国債市場は非常に大きいが、2兆ドルを持つ中国、1兆ドルを持つ日本が突然その米国債を手放すと言ったら、間違いなく米国の国債市場は大きな混乱に見舞われる。よって、大きな市場であってもあまりにも大きなプレーヤーが抜ければ例外なく混乱すると予測できる。

しかし実際には、その市場に大きく投資をしている投資家は、その相場が大きく崩れるような無責任な行動は取らない。なぜなら、自らを傷つけることになるからだ。ということは、その他の市場参加者の売り買いは、相場に大きな影響を与えないと理解できる。皆が売り、皆が買っている時は相場が一方に動くが、相場がレベルを変えれば「ここでは買いたい」「ここでは売りたい」という向きが出てくるから、ある程度動けば安定する。それほど世の中には投資できる資金が多いし、いろいろな思惑、予想を持つ投資家がいるのだ。

投資対象となり得る市場は10年前に比べると増えている。しかし、国際的な観点から見ると、世界の投資家が安心して投資できる市場というのは、日本や米国、英国、ドイツ、オーストラリアなどの民主的な体制を持つ法治・民主国家の株や債券、それに流動性の高い為替や不動産などに限られるのである。

次回は為替や不動産、その他市場を取り上げる。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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