1. 金融そもそも講座

第10回「投資対象の“市場”には厳しい条件が…」

四つの条件

持っているお金はてんでんばらばらに自分の財布から出て行く、と考えている読者の方には意外かもしれないが、大きな規模で“投資の対象となる市場”というのは案外少ないものだ。それは厳しい条件があるからだ。

ちょっと考えてみよう。投資には、企業などが海外に工場を造るなど直接的に行う「直接投資」があるし、個人の株式投資家が自らのリスクでインターネットなどを通じて証券会社経由で行う「自己責任投資」もある。しかし世の中で「投資」といわれるものは大部分、お金を出している人とは別の人(ファンドマネージャー、ポートフォリオマネージャー、投資資金運用会社、年金資金運用会社など)が委託を受けてやっている。頼まれて、かつ手数料をもらってお金を動かしているのだ。

委託されたお金が大きく、市場にも大きな影響を与えるので、「年金資金が動いた」とか「欧州勢が買っている」とかの表現が使われる。しかし重要なのは、これらのお金はもともと、ファンドマネージャー(またはその所属会社)が欧米のお金持ちも含めて数多くの投資家のお金、中東の大金持ちの王様の資金などを預かったものである。「自分でやるよりは彼らの方がうまいだろう」「自分でやるのは面倒」という投資家が多いからだ。

そこで、委託を受けた人は「どこにお金を置くのが良いか」を考えるのだが、そこにはいくつかの非常に重要な条件がある。代表的なものとして四つ挙げておこう。

  • (1)そもそも、お金の預け先が安全であること
  • (2)かつ、その投資対象がトレーダブル(tradable)であること
  • (3)売り買いしても、相場が動かないほど市場が大きいこと
  • (4)機敏な売り買いが許されること

もっとも重要なのは“安全”

実は、お金が一番恐れるのは、不当な権力行使や詐欺など、お金そのものの安全性が脅かされることだ。つまり、お金は「なくなってしまうこと」を一番恐れる。「増えないこと」ではない。例えば今の世界で好んで北朝鮮にお金を置く人はいない。一人の指導者の地位を守るために、国民の資産の大部分を奪うようなデノミを行う国だからだ。つまり、お金は存在することを脅やかすような危険なところには近づかない。繰り返すが、世界中で大きなお金を持っている人にとって重要なのは、利子がつかないとか、増えないとかではなく、既にある資金がなくならないことだ。そういう意味では、(1)の「預け先が安全」というのは最も基本的な条件である。

第二は、お金を置く対象が「取引(trade)」できなければならない。つまり、売ったり買ったりできるということだ。「売ったり買ったり」の二つの行為の中では、「売ったり」が重要だ。つまり売れる対象でなければならない。具体的には、ほぼいつも何らかの値段で買ってくれる人がいる市場ということだ。「買い」はモノやサービスについて世の中ではほとんど常に可能だ。なぜなら、こっちがお金を支払うからだ。「買う」ことはほとんどのケースにおいていつもできる。

一方、「売ったり」はなかなか難しい。「売り」は向こうがお金を払うから査定が厳しくなる。よくお金がある人で絵画を買う人がいる。しかも新進画家の。しかしそれは、“趣味”の域を出ないものだと筆者は考える。なぜなら、評価が定まっていない絵を高く買っても、それを趣味の違う別の人に売るのはなかなか難しい。実に大きな資金を預かっているファンドマネージャーが絵など買っていては、お金を預けている我々は不安になる。「tradable」であることは非常に重要だ。つまり多くのケースにおいてそこには、“市場”と呼ばれるものがなければならない。しかも「売り手と買い手」が常に多数、重層的に存在するような。買い手も多くいて、「いつでも売れる」が投資先としては重要だ。

売れることも大きな条件

三番目は、その市場が大きくなければならないということだ。例えば「もう売って撤退しよう」とファンドマネージャーが売りを決めたとする。しかし市場が小さい場合、自分の売り故に相場が下がってしまったら、結局「希望の価格では売れない」ということになってしまう。コップに入った大きな石を抜けば水位は下がる。それでは、売り始めた時は買値を上回っていても、売り切るときには損が出てしまうかもしれない。つまり、「大きなお金を持っている人(運用している人)は、大きな市場を相手にしなければならない」ということだ。

小さい市場は、「買い」はうまくワークするケースが多い。自分の買いで相場が上がるからだ。いかにも“儲かった”ように見える。しかし、自分の買いで上がったような市場で今度は売りに転ずれば、もうそこに買い手はいないかもしれず、過去のケースを見てもほとんど失敗している。なぜなら向こうにお金を払ってもらう「売り(相手側の買い)」には、納得材料が必要だし、資金もいるからだ。

第四に、安全で奥の深い大きな市場があっても、売り買いに時間がかかっていては間に合わない。今の市場は動きが速い。危機が起きれば市場は瞬時に動き出す。朝方上げていた株も、午後には大きく下げるケースもある。その逆もしばしば見られる。ということは、一つ一つの取引に時間がかかっていてはダメということだ。東京証券取引所が今年1月4日から「アローヘッド」と呼ばれる新しい取引システムを稼働させたが、最大の特徴は取引が超高速になったことだ。今までのシステムでもかなり早いと思っていたが、世界のニーズが「より機敏で、素早い取引」にある証拠だ。

重要なのは、この四つの条件を満たす市場というのは案外少ないことだ。“趣味”の世界は数限りなくある。しかし、世界の投資資金が流れることができる市場は案外少ない。次回はそれを取り上げよう。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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