1. 金融そもそも講座

第6回「日本のトップ二人は理科系なのだが…」

飛ぶ鳥を落とす勢いのハイブリッド車

前回の文章で筆者は、「人々は技術革新を受けたニーズに合った商品が出れば喜んで購入する」として、その具体例としてハイブリッド車ブームが盛り上がっていることを指摘した。「需要の飽和」「若者の車離れ」などと言われている日本の中であっても、プリウス(トヨタ)やインサイト(ホンダ)は飛ぶように売れている。発注しても何カ月も待たされる状態だ。これを受けて内外を問わずに自動車各社はハイブリッド車を次々に市場に登場させている。

ではハイブリッド車が一巡してしまった後は、日本はまた「これといった売れる商品のない国」になってしまうのか。たぶんそれは違う。同じ業界で言うなら、その後には電気自動車が控えている。ひょっとして、この文章を読んでいる人の中で、「電気自動車なんてとろい乗り物」と考えている人がいるかもしれない。

しかしそれは大間違いなのです。筆者はすでに市場で販売している三菱自動車の「i-MiEV(アイミーブ)」に乗ったし、慶応大学の清水教授が中心になって作った「Eliica(エリーカ)」という電気スポーツ車にも乗ったが、電気自動車は実に実にエキサイティングな乗り物である。ガソリン車と違ってアクセルの踏み込み具合が電流を制御するので、その反応の素早さは言葉では言い表せないほどすばらしい。ガソリン車の一呼吸おく加速とは全く違った反応の良さなのだ。私は電気自動車が大きなヒット商品になると確信している。課題はリチウムイオン電池の価格引き下げと、走行距離(今はほとんどの電気自動車が満充電で160km)の引き上げだが。例えばケイタイ電話のバッテリーのように電池をカセット状にして一定距離ごとに入れ替えるというアイデアもある。

「技術革新」の言葉の対象には縁が遠そうに見えるが、実は衣料品の世界でも売り上げを伸ばしているのは「技術革新商品」である。ご存じの通り、今売れているのは「ヒートテック」などと呼ばれる高機能衣類群だが、これは汗などの水蒸気を熱に変換、発熱する繊維であったり、中空紡績糸という空洞の糸を使って保温効果を高めたりする衣類。中には「ドライテック」という速乾性の機能を組み合わせているものもある。特にユニクロのヒートテックは人気があって、不振の衣料品業界の中にあって同社の売り上げが突出している大きな背景となっている。つまり衣料品の分野でも技術革新を見方につければ大きな成果が出るのだ。

ワクワク商品の欠如

つまり私の判断は、「一般に言われているほど日本の消費者は買い疲れしてない。問題は商品のサイドにある」というものだ。少なくともメーカーはそう考えることが必要だ。買うに値する目新しいもの、生活の雰囲気を変えてくれるもの、今までできなかったことができるワクワク商品を出すことができれば、日本の消費者の購買意欲、好奇心は再び強くなると考えている。何せ日本人は、1,400兆円(日本銀行が出している統計数値)もの個人金融資産を抱えている。買う気が起きる商品が出てくれば、日本の消費者はお金を使い、それで今は低迷している景気を大きく支える可能性が高い。

日本全体が熱病にうなされたように消費を行った時期はあった。振り返れば、それも技術革新のなせる技だった。60年代に「隣も買ったからうちも」という勢いで売れたテレビは、それまでのラジオから見れば一歩も二歩も進んだ技術革新品だった。野球やプロレス、皇太子殿下の結婚式の模様を見たかったこともあるが、何よりも「テレビが過去を隔絶する技術革新商品だった」ことが人々を購入へとかき立てたのである。それが日本の戦後の驚異的な成長の一因となった。

ところがその時期を過ぎたあとから最近までの日本はずっと、「モノの高級化」で消費者を引きつけようとした。モノを高級にすることも確かに消費者をワクワクさせうる。1万円の時計よりも確かに何十万円もする時計の方が、買うときや持てたときにはワクワクする。しかしそのワクワク感はお財布が傷むワクワク感であり、高級・高価なものを一つ買えばお財布の残余購買力は低下する。高級・高価なものが売れるピークの時期が短いのは、理の当然である。

つまり消費を長引かせようとしたら、安くて高機能、それでいて消費者をワクワクさせるものを出し続けることが必要なのである。

国の役割も大きい

しかし日本の産業は、このところその力を失っていた。iPodはソニーからではなく、アップルから出た。それは技術的には日本の企業ができる製品だったし、実際のところiPodには日本のメーカー製部材がかなり使われているのだが、部材は部材だ。iPodのコンセプトはアメリカのアップルが考えたが故に、それはあくまでアメリカ製品である。もちろんソニーを含め日本のメーカーは後を追ってはいるが、ウォークマンの栄光を知っている日本の消費者には、「日本のメーカーは何をしているのだ」という気分になる。

「技術革新のムード」を高めるためには、国の施策も必要だ。筆者は、精華大学の理科系出身である胡錦濤が国家主席になったときに「中国は面白い国になるかもしれない」と思った。何せ枠組み重視の儒教の国で理科系出身のトップが生まれたのである。実は今の中国は胡錦濤を初め多くの国家トップが理科系である。それによって国中で生まれている雰囲気は、「農村でも電気自動車を作ってやれ」というものになっている。筆者はこの中国にみなぎる理科のムードが、中国の経済発展の一因になっていると考えている。中国は宇宙開発を筆頭に、国の科学技術振興に膨大なお金を注ぎ込んでもいるのだ。

日本は太陽光発電パネルへの補助金を一時打ち切る(その後、復活させたが)など、科学技術に関してあいまいな姿勢を取り続けてきた。国がその姿勢なら、企業も熱意を失う。日本が太陽光発電パネルで世界最大のメーカー(当時はシャープ)の地位をドイツに奪われたのは政府の政策故だ。国に科学技術重視の姿勢があれば、予算と人材がその分野に集まり、国全体が科学技術重視になった、そこから新しい商品が生まれてくるはずなのに。

筆者が今注目しているのは、鳩山首相は東京大学の工学系出身であり、あえて言えば菅副総理(国家戦略室担当)も東京工業大学の理科系出身だということだ。日本の首相が今までずっと法律や経済を学んだ人だったことを考えれば、これは大きな変化だ。民主党が担う新政権だが、筆者はトップが理科系であるということの方に期待を寄せている。なぜなら、人口減少期に入った今の日本を活性化するのは科学技術しかないと考えているからだ。

ただし今のところは、トップ二人が理科系になった成果は民主党政権の政策から出てきていない。寂しい限りだ。今の日本の悪い景気を活気づけるには、子供手当などよりはよほど科学技術のブレークスルーの方が効果があるはずなのに、と思う。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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