G20(ソウル)とその後のAPEC(横浜)。一連の国際会議が終了した。私の記憶では、1985年のプラザ合意以降ではもっとも通貨情勢が緊迫した中での会議だった。しかも重要なのは、「通貨」というと今まではG7など先進国中心の問題だったのが、今回は戦後の通貨問題の中では特徴的に“世界中の国”が論争に参加した最初のケースになったことだ。それだけ世界経済は各国経済が入り組む形で展開し始めたということだ。
米国の孤立
なによりも特徴的だったのは、「米国の孤立」だった。それを象徴するように「G20は実際的にはG19+1だった」と評した参加者もいた。この“1”が米国で、これが「孤立」を意味するというのだ。
戦後の世界では、米国は圧倒的な世界第1位の経済大国である。日本経済の停滞もあるが、今でもGDPの規模が第2位の日本の3倍近くある。中国はその日本を今年追い抜く見通しだが、それでも米国経済は中国の3倍近い。人口が米国3億、中国13億にもかかわらずだ。いかに抜きんでた国かが分かる。
であるが故に、戦後の固定相場制、1973年から今までの変動相場制の時期を通じて、通貨問題の主役は米国であり、通貨市場に一番その意志を貫徹できたのも米国だった。筆者は変動相場制開始の年に社会人となって様々な形で為替市場にずっと携わってきたが、「通貨の長期的な動きは、かなりの部分、米国政府の意志によって左右される」との見方をとってきた。実際のところ、プラザ合意時のように米国がドルは強すぎると判断し、各国に働きかければドルは弱くなったし、第二次ブッシュ政権時の高官のように、「強いドルが望ましい」と繰り返し言えば多少のタイムラグはあったが、ドルは強くなった。米国中心の世界経済であり、世界中の国は世界最大の経済国である米国に輸出を行うことで経済を回していたから、その米国を政策面では支持し、決して追い込むことはしなかった。
しかし、今年10月から11月にかけての一連の国際会議では、その米国が各国から集中砲火を浴びて、実際的には孤立した。出てきた共同声明などではそれは取り繕われたが、会議のプロセスは「G19+1」だった。それは、各国の目に米国の政策、つまり「相次ぐ大規模量的金融緩和→それによる対各国通貨でのドル安放置」が、あまりにも身勝手な経済政策に見えたからだ。ブラジル、インドネシア、南アフリカ、インドなど多くの開発途上国では、米国の金融緩和で生じた大量の資金が流入し、通貨は急速に対ドルで上昇し、国内では資産価格の上昇、インフレ圧力の増大が見られた。これが各国経済の舵取りを難しくし、それ故に各国は怒ったのである。
米国は中国の人民元操作をやめさせることに主眼を置いたが、「米国こそドルを安値操作して各国経済を苦境に追い込んでいるのではないか」との見方が各国に広まった。
米国の反論
ガイトナー財務長官やオバマ大統領の発言を総合すると、この批判に対する米国の反論はおおむね以下のようなものだった。
- 1. 世界の多くの国は米国への輸出によって自国経済を回している。11月初めのFRBの量的金融緩和はその米国経済が健全性を高めるための措置であり、副作用を伴うものであるとしても米国と世界の経済にとっては必要な措置だ
- 2. 供給した流動性が一部の途上国で資産バブルやインフレ圧力を引き起こしていることは確かだが、インフラ整備や投資に必要な資金を潤沢に得られるという意味では、先進国の量的金融緩和措置は途上国にとってもメリットがある
しかし世界の多くの国はこれに反論した。「そもそも金融緩和だけで米国経済は回復するのか」「米国が景気刺激策を必要としていることは分かるが、その余波で自国の経済運営が難しくなる、インフレ圧力が高まるのはかなわない」というものだった。この結果何が起きたかといえば、「経常収支の黒字国は、その黒字幅をGDPの4%以内にする」という米国提唱の数値目標を先送りせざるを得なかった。この数値目標は、ルールに抵触する中国に狙いを定めたものだったが、同じく抵触組のドイツを含めて多くの国から強い抵抗にあった。これだけ明確な米国の「通貨敗戦」を私は見たことがない。
それは米国の世界経済における地位が相対的に途上国にとって小さくなったこと、対して米国の経済・金融政策から受けている各国の負の影響が大きかったからだ。多くの途上国にとって、中国は米国と同じくらい重要な国になりつつある。加えて、世界的な過剰流動性は、途上国の経済規模に比して制御しがたいほど大きくなっており、その過剰流動性を日本や米国の非伝統的な金融緩和策がさらに膨らましてると見られている。重要なことは過剰流動性の量ばかりでなく、その動き、つまりベロシティ(流通速度)が異常に速いということだ。その移動スピードは、途上国の金融当局の制御能力をはるかに超える。どうしてもそれに国内経済政策が振り回されてしまう。途上国は過去の経験から、自国に出たり入ったりする流動性のスピードの早さ、それによって起きる自国の株価や通貨を制御できない変動を嫌がっているのだ。それ故に、米国の金融緩和への批判を強めた。
途上国の代表格である中国。人民銀行の周小川総裁は先週、北京での講演で米連邦準備理事会(FRB)の追加金融緩和策について「グローバルな観点からは必ずしも優れた選択といえず、世界経済に副作用を及ぼす」と述べた。これは米国の金融緩和で世界的に過剰流動性が膨らみ、中国など新興国に投機資金が流れ込みかねないことに懸念を表明したものだ。ブラジルもインドもそしてフィリピンなども米国の量的金融緩和の拡大に批判的である。
声明:妥協の産物
この対立をG20やAPECはどう処理したのか。こうした国際会議では「声明」を出す慣例がある。市場はそれに慣れているから、声明が出ないと会議参加国の間に合意が生まれなかったと理解する。これは市場混乱の大きな要因となるから、参加国は実際の会議が始まる前からシェルパ(先乗り隊、各国政府の事務方)と呼ばれる人々の間で「市場に誤解を与えない声明作成はどうする」という話し合いをする。それを最後の最後に各国の主席代表が目を通して筆を入れOKとすれば、声明として発表されるのである。
例えばAPEC財務相会合では、「Advanced economies, including those with reserve currencies, will be vigilant against excess volatility and disorderly movements in exchange rates.」という一文が入っている。「Advanced economies including those with reserve currencies」(準備通貨を持つ先進国経済)といえば誰でもが米国を考えるが、声明はよほどのことがない限り名指しを避ける。それが声明をまとめる術だ。声明は随所でこうした曖昧化のプロセスを経て作成される。そこを読むのが市場とこれから取り組もうとする人たちの課題となる。
この声明にはまた「We will move toward more market-determined exchange rate systems and enhance exchange rate flexibility to reflect underlying economic fundamentals and refrain from competitive devaluation of currencies.」という一文も入っている。文章の前半が中国の人民元の改革を促していることは明らかで、後半の文章は通貨安競争への警告だ。端的に言えば、米国への警告である。時に国際会議が出す声明は、謎解きのように面白い。
いずれにせよ、米国の「通貨敗戦」が持つ意味は大きい。そうした中で、会議後の世界経済がどう動いているのか。大きな変化が見えるので、次回はそれを書きたい。